#香水
匂いが記憶に一番残りやすいらしい。それは、五感の中で唯一海馬に影響するからだという。
私がこれから生きていくなかで、出会う人も別れる人も増えていくだろう。
愛しい人でさえ、きっといつかは忘れてしまう。
交わしたはずの言葉を忘れ、
愛した概形が崩れていくのを黙って見送り、
優しく触れてくれた感覚を誰かの優しさで上塗りをして、
ただ懐かしいと同じ味に涙して、
嗅いだことのある香りに振り向く。
そんな人に出会えたら、なんてね。
#言葉はいらない。ただ……
「好き」
「愛してる」
「世界で一番だよ」
「君以外何もいらない」
嬉しい。嬉しいけど、どこか薄っぺらくて。
「私以外にも言っているんでしょ?」
なんて聞く勇気もなくて。
貴方の言葉を真っ直ぐ信じられるだけの自信もなくて。
「じゃ、今日の帰りは遅くなるから」
そう言って当然のように家を二日開ける。ホワイト企業だから泊まることはほとんどないはずなのに。
スーツから香る甘い香水も、ハートマークのついたLINEも。何かの間違いだったらよかった。私への愛情が戻ってくれたらよかった。
愛を囁く言葉なんていらない。ただ、昔のように手を繋いだり、抱きしめたりしてほしい。
そんな夢も、浮気相手にも、もう、かなわないだろうけど。
#鏡
外で目に入る鏡の中の私や
写真に写っている私は
とてつもなく不細工で
親に申し訳ないから口にしないけれど
こんな顔に生まれて良かったとは
一度も思ったことはない
でも、家の洗面所の鏡でみる私は
少し元気が出るくらいには
可愛い笑顔をしている
人から見える私も
洗面所の鏡の私のようだったら良いのに
#心の健康
今日は二度寝しませんでした
朝ごはんもしっかり食べました
朝から勉強取り組みました
To Doリストにチェック入れて
黒くなった手の側面ににっこり
やればやるほど増えてく問題
やらなければ置いてかれる時間
今日は昼過ぎから少し辛くなりました
やらないとやらないとやらないと
終わらない終わらない終わらない
でも今日はやることやりました
明日頑張るために気持ちを楽にします
勉強は大事だけれど
身体や心が壊れたら意味がない
未来の私の心の健康を優先します!
#目が覚めるまでに
「いやだ!! 入りたくない!!」
駄々をこねる妹の声を聞き流して、僕は妹の背中を強く押した。
透明なカプセルの内で妹は叫んでいるが、何を言っているのか全く分からない。小さな拳ではどれだけ殴ってもガラスの扉を動かすことすら出来ない。
「先生、スイッチを入れてください」
隣に控えていた専門医の先生に頭を下げ、僕は医療センターを後にした。
未知のウイルスが流行り出した今、感染していない人々ができることはコールドスリープをして特効薬やワクチンが完成するまで待つことだ。
両親は数年前に事故で死んだ。妹と二人で暮らせるくらいの金はあったが、僕と妹が二人ともカプセルに入れるほどの金はなかった。
だから僕は妹をあのカプセルに入れた。
一人しか入れないなんて言ってしまえば、妹はすぐに「おにいちゃんが入って」と譲らないだろう。その優しさは僕ではなく、将来できる友人やパートナーに向けて欲しい。
神様。本当にいるのなら、僕に降り注ぐ全ての幸運を妹に渡してください。
妹は十年後に目を覚ますらしいです。あの子が幸せに生きられるように、あの子がこれ以上不幸にならないように。
どうか、どうか……妹の目が覚めるまでに世界が変わっていますように。