#目が覚めるまでに
「いやだ!! 入りたくない!!」
駄々をこねる妹の声を聞き流して、僕は妹の背中を強く押した。
透明なカプセルの内で妹は叫んでいるが、何を言っているのか全く分からない。小さな拳ではどれだけ殴ってもガラスの扉を動かすことすら出来ない。
「先生、スイッチを入れてください」
隣に控えていた専門医の先生に頭を下げ、僕は医療センターを後にした。
未知のウイルスが流行り出した今、感染していない人々ができることはコールドスリープをして特効薬やワクチンが完成するまで待つことだ。
両親は数年前に事故で死んだ。妹と二人で暮らせるくらいの金はあったが、僕と妹が二人ともカプセルに入れるほどの金はなかった。
だから僕は妹をあのカプセルに入れた。
一人しか入れないなんて言ってしまえば、妹はすぐに「おにいちゃんが入って」と譲らないだろう。その優しさは僕ではなく、将来できる友人やパートナーに向けて欲しい。
神様。本当にいるのなら、僕に降り注ぐ全ての幸運を妹に渡してください。
妹は十年後に目を覚ますらしいです。あの子が幸せに生きられるように、あの子がこれ以上不幸にならないように。
どうか、どうか……妹の目が覚めるまでに世界が変わっていますように。
8/3/2024, 10:13:59 AM