相上おかき

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8/3/2024, 8:03:59 AM

#病室

 小学生の頃だったと思う。
 目を覚まして、ご飯の匂いに誘われて台所に行くと、母の代わりに父が食事の用意をしていた。
 父は料理が得意ではない。作った目玉焼きは裏が焦げていて噛み千切れず、黄味はものすごくかたい。味噌汁は具材の大きさがばらばらで、ナスは少し生っぽかった。
 父は普段より一つ声のトーンを下げて、
「お母さんは病院に運ばれたんだ」と言った。だから、父は病院に向かわないといけないこと、しばらくは祖父母が私たちきょうだいの世話をしてくれること、私は中々現実を受け入れられなかった。
 昨夜両親は食事会だとか行って出かけて行った。そこで食べた何かがあたったのか、体調が悪かったのと相まって救急車を呼ぶ騒ぎだったらしい。
 私たちきょうだいは何も知らないまま朝を迎え、母がいなくなった日々を送ることになった。
 幸い母は大事に至ることはなかったが、しばらくは面会も難しい状態だった。確か、3ヶ月は会えなかった。
 久しぶりに会った時、母の腕は細くなり、点滴を幾つも刺していて、ベッドに横たわったままだった。
 少し話せたけれど、本当に少しだった。
 半年経った頃には病室で普通に話せるようになり、私たちも面会することができた。
 何もない病室。そこに私たちは折り紙で色を付けていった。香りはないけれど、ありえないほどにカラフルな花畑の魔法をベッドの上にかけた。
 青のダリア、黄色のバラ、銀色のスミレ。倍増していく手裏剣軍団(犯人は幼稚園生の弟)。
 母はいつも笑っていた。ありがとうと言ってくれた。
 そして、車椅子だけど家に帰れることを教えてくれた。
 それだけで嬉しかった。

 あの時、もしかしてたら死んでたかも。なんて母は笑って言うが、本当に生きていて良かった。

8/2/2024, 8:54:47 AM

#明日、もし晴れたら

ぼくのともだちが おしえてくれたんだけどね
そらを つくってるのは
あの ながーいえんとつ なんだってさ
ぼくのおとうさんは えんとつのある こうじょうで
はたらいているから
ぼくのおとうさんも そらをつくる おてつだいをしてるんだ

ぼくのせんせいが おしえてくれたんだけどね
とおくにある あのとうについてる ぴかぴかが
たいよう なんだって
ずっとひかってて ずっとぼくらをみてるんだ
いまは まだ とおいけど
みんなでいっしょに たいようのちかくまでいくんだ

へんなひとが いってたんだけどね
そらは ほんとうは あおいんだって
まっくろじゃないんだって
へんなの
たいようは ほんとうは うごくんだって
とまって ぴかぴかひからないんだって
へんなの
だけど ちょっぴり おもしろそう

へんなひとが いってたんだけどね
ぼくは ぼくらはみんな びょうき なんだって
ながいなまえだったから わすれちゃったけど
たいへんな びょうき なんだって
もうすぐ しんじゃうんだって
ぼく わからないけど ないちゃった

おいしゃさんが いってたんだけどね
ぼくのすんでる まちのそとには
あまい たべものが たくさんあって
みずも とうめい? なんだって
あと ともだちも たくさんいるんだって
ここは けむりでくもってるんだって

あした もし いきていたら
あした もし はれたら
すこしでいいから そとを みてみたい

7/31/2024, 12:50:36 PM

#だから、一人でいたい

 静かに息をする

 遮られた日光
 閉め切った部屋
 増えていく二酸化炭素
 減っていく酸素

 誰にも見られない姿
 投擲に失敗したティッシュ
 画面から動かさない視線
 減っていく充電

 過ぎていく時間
 与えられた課題
 満たされない心
 減っていく腹の中

 何も考えなくていい
 栄養が偏っていたって
 限界まで満たさなくたって
 私一人しかいないのだから
 
 なんて気が楽だ
 みんなといても楽しいけれど
 この特別は今だけ
 だから、一人でいたい

7/30/2024, 12:13:35 PM

 彼女の瞳は澄んでいた。
 全てを包み込む青。どこまでも昇っていける青。昔一度だけ行った南の海と同じ色をしていた。
 艶のあるセミロングの金髪も、日焼けを経験したことがなさそうな白い肌も、ぷるんとした発色のいい真っ赤な唇も、彼女のどれをとっても美しいけれど、瞳の青を際立たせるパーツでしかない。
 そんな彼女と私が出会ったのは廃れた市営プールで、確かその日は観測史上最高気温を更新した日だった。
 テントで仮設された案内所のパイプ椅子に座りながら、こんな暑い日に誰が来るんだ。プールの監視員の仕事なんて引き受けるんじゃなかった、なんて文句を思い浮かべて氷の溶けたポカリを流し込んだ。
 プールサイドは肉でも焼けそうなほど温度が上がり、涼しくしようと水を撒いてみてもすぐに空に還ってしまう。
「はぁ……」
 隣の家に住むプールの管理人さんから頼まれた仕事だが、誰も来ない上に、このままでは私の健康状態に関わる。まだ午前中なのになんでこんなに暑いんだ。
「勝手に閉めたら怒られるかな」
 ため息をついて立ち上がった瞬間、目の前に現れた一人の女の子と目が合った。そして私は呑み込まれた。あまりにも澄んだ青の瞳に。
「ここ、開いてる?」
 リスが鳴くような可愛らしい声。
「あ、開いてます……」
「良かった。どこも開いてなくて。せっかく中に水着を着てきたのに台無しになっちゃうところだった」
 そう言って彼女は、着ていたブラウスのボタンを2つ外して、水着の白い紐を見せてきた。
「だ、誰もいないので、ご自由にどうぞ。暑いので熱中症対策はきちんとお願いします」
「ねぇ、貴女は入らないの?」
「え、えっと、着替えしか持ってなくて」
「それじゃあ、少しくらい濡れても大丈夫ね」
 彼女は微笑んだ。そして私の手を掴んで乾ききった灼熱のプールサイドを走った。早く水に入りたいからと、木と私を壁にして服を脱いだ。
 今会ったばかりなのに、彼女の衣擦れの音に緊張してしまう。
「脱いだよ」
 綺麗だったことは覚えている。けれど、直視できなかったせいか、その姿はあまり覚えていない。
 彼女は膝くらいまでの深さの幼児用プールに入った。ここなら貴女も遊べるでしょう? そう言いたげな顔をしながら、手のひらに掬った水をかけてきた。
「うわっ!」
 正直言ってぬるかった。むしろ、上から降り注ぐ太陽の熱が痛かった。
 それでも彼女は嬉しそうに水をかけてきた。時には私もかけ返して。疲れたら自販機のジュースを飲みながら喋って。笑って。
「最初見たとき、お人形さんかと思ったよ」
「嬉しい」
「ねぇ、どこから来た……」
 言い切る前に彼女は私の口に手を当てた。
「もう少しだけ遊ばない?」
 空になったペットボトルを捨てて、私たちは深いプールに沈んだ。水を吸って重たくなっていく服が、私にいっそうの非日常を味わせた。
「ずっとこのままなら良いのに」
 ただ浮かんでいた。海月になっていた。
「私たち、また会えるかな」
 彼女に言ったつもりの言葉に返事はなかった。
 急いで身体を起こすと、そこにはもう誰もいない。
「え?」
 ぐわんとなる脳の揺れに目を瞑り、海に深く沈むような感覚に目を開くと、そこは元いた仮設テントだった。
「え?」
 さっきまでプールにいたはずなのに服は湿り気を知らず、時計は午前中のまま。彼女といた記憶は確かにあるのに、全てがなかったことにされている。
「嘘……」
 プールのどこを探しても彼女の姿はなく、私の胸には消えない一夏の痛みだけが残った。

#澄んだ瞳

7/29/2024, 12:44:39 PM

 冷たい視線が風となって私を包む。

 私が何をしたと言うのか。貴方たちの不利益になるようなことをしたのだろうか。私はただ生きて、ここに存在しているだけ。それは何か悪いことか。

 その嘲笑、聞こえないとでも思っているのか。
 その悪口、自分に返ってくるのを知らないのか。

 日に日に強くなっていく風、上がらない体温。いつか私は凍傷で死ぬのではないだろうか。自分では大丈夫だと思っていても、確実に風は私を弱めていくだろう。だが、冷たい嵐が来ようとも、私は生き抜く自信がある。好きなアーティストの活動記念集が10月に届くのだ。だからそれまでは、それまでは必ず……。

#嵐が来ようとも

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