#病室
小学生の頃だったと思う。
目を覚まして、ご飯の匂いに誘われて台所に行くと、母の代わりに父が食事の用意をしていた。
父は料理が得意ではない。作った目玉焼きは裏が焦げていて噛み千切れず、黄味はものすごくかたい。味噌汁は具材の大きさがばらばらで、ナスは少し生っぽかった。
父は普段より一つ声のトーンを下げて、
「お母さんは病院に運ばれたんだ」と言った。だから、父は病院に向かわないといけないこと、しばらくは祖父母が私たちきょうだいの世話をしてくれること、私は中々現実を受け入れられなかった。
昨夜両親は食事会だとか行って出かけて行った。そこで食べた何かがあたったのか、体調が悪かったのと相まって救急車を呼ぶ騒ぎだったらしい。
私たちきょうだいは何も知らないまま朝を迎え、母がいなくなった日々を送ることになった。
幸い母は大事に至ることはなかったが、しばらくは面会も難しい状態だった。確か、3ヶ月は会えなかった。
久しぶりに会った時、母の腕は細くなり、点滴を幾つも刺していて、ベッドに横たわったままだった。
少し話せたけれど、本当に少しだった。
半年経った頃には病室で普通に話せるようになり、私たちも面会することができた。
何もない病室。そこに私たちは折り紙で色を付けていった。香りはないけれど、ありえないほどにカラフルな花畑の魔法をベッドの上にかけた。
青のダリア、黄色のバラ、銀色のスミレ。倍増していく手裏剣軍団(犯人は幼稚園生の弟)。
母はいつも笑っていた。ありがとうと言ってくれた。
そして、車椅子だけど家に帰れることを教えてくれた。
それだけで嬉しかった。
あの時、もしかしてたら死んでたかも。なんて母は笑って言うが、本当に生きていて良かった。
8/3/2024, 8:03:59 AM