#107「神様へ」
ねえ、神様
この世が面白くなくなってきたから
過去へと逆再生しているのですか
アリストテレスの倫理学
ベートーヴェンやショパン
フェルマーの最終定理
ゴッホやピカソ
技術が進歩しているはずの私たちより
過去の人間が優れているのは、そのせいですか
溢れてしまった才能が 当たり前が
いつしか束になり まとまって
私たちが懐かしむ平和な過去へとなるのでしょうか
ならば私の芸術も、文章も、努力もなにもかも
未来の人間に見つかることはなくとも
いつか、過去の誰か一人の力になれると
信じてもいいですか
信じてもいいですか
#106「大好きな君に」
皆既月食を逃してしまったので
昨日の様子を君に聞こうと思います
百聞は一見に如かずといっても
君が目を輝かせて語る赤銅色の月は
写真で見るよりずっと
美しかったのだと分かるでしょう
#105「0からの」
一つ一つの行動が、分岐が誰かに操作されている
あらゆる数字の羅列が僕を動かしている
僕は数字嫌いなのになぁ
0と1のスイッチを繰り返して
世界は目まぐるしく回っていく
シンプルなようで解けない
見つけたとたんに謎が湧く
人間にとって世界は未知数だ
僕にとってもそれと同じくらい数学が解けない
出口が一瞬で分かる量子コンピューターだったらね
それにしたって向こうの"僕"も
僕に代わり無いのだと少し残念な気持ち
シンプルで誰にも揺るがせない強固なプログラム
それが努力というものなんだろう
僕にそれを実行させることは"向こう"にとって
フラフープをするより簡単なことなはずなのに
エンターはまだ押されていないようだ
気まぐれでナマケモノの僕だから
#104「枯葉」
ここにいる誰もが一度だって願ったはずだ
書き連ねた言葉が誰かを救って、本になる
そうして有名になることを
そんな希望なんか捨ててしまえよ
なんて子供の私に言わないでくれよ
否定ばっかりが肥料になるか?
だからって期待もしないでくれよ
枯葉に明るい存在価値を見いだせるのは
子供しかいないだろう
ただの枯葉に哀れむのは大人しかいない
そんな同情もいらない
昔のわたしは青々とした美しい言の葉を
光沢のある宝箱に詰めていたはず
しかしどこにもそんな箱は見つからない
見つかったのはカビの生えた木箱と
指で擦り合わせるとぼろぼろと
鱗粉のように脆い枯れ葉だ
こんな言葉を連ねることになんの意味がある
枯れ葉の山の中から「素敵」だと
拾われる落葉は運が良い
そんな運が与えられるほど私の運は良くない
湿った土にまみれ穴だらけの枯れ葉
誰かが拾って、情けで読んでくれたとして
それは平日の冷めたコーヒーにも満たない供給
くしゃくしゃになったレシートのように
誰の心にも残らないのだ
分かっている、私の言葉は誰も救えないのだろう
作者すら救えないのだから当然だろう
努力もしない無礼者
元はと言えばただの自己満
分かってるはずが欲張った
私の言葉が喜ばれた日が寿命だったらしい
その日を境に私は物書きを始めた
枯れ葉が積もって山になったとして
それはただの枯れ葉の山なのだろうか
それとも努力の塊になるだろうか
どっちも燃やされたら無に帰ってしまうというのに
#103「今日にさよなら」
ダチョウの卵が食われることを
ダチョウが止めないのは何故か
そこに意味がないことなど、その意味すらよく理解できていない鳥頭だからである
私はそれと同等か、それ以下か
人間らしい悩みとして文章を書き連ねて
人間らしからぬゴミ同然の生活を続けること
意味を見いだせないままテストは残り1週間前
私はダチョウではない
しかし私は卵の意味を見いだせないゆえダチョウで
その無意味さを知っているからダチョウではない
もしかしたら、わたしは人間だと思い込んでいる
ダチョウなのではないか?
だから呆然とダチョウの卵を珍味として食う動画をなにも考えずに見ているのだ
見ているかどうかすら怪しい、意識はそこにない
なんて阿呆なのだろう、いっそ誰か殺してくれ
もはや文章にも意味など無くなってきてしまった
ダチョウはダチョウらしく生きているのに
人間らしい人間として私は生きられなくて
しかしどこまでも人間臭い人間だった
…明日はできるだろうか
人間らしい思考を止めて、人間らしく生きることを