「さよならは言わないで」
なんでもないただの一日のはずだった...
後味は悪いが、帰ったらまた仲直りしよう。
そうだ...帰ったら...
そのはずだったのに―――
突然電話がなった。
何を言われたかはもう覚えていない。
無我夢中で走った。ただただ走った。
変わり果てた姿で横になるあなたが目に飛び込んできた。
後悔とはなんて残酷な感情だろうか...
まるで一生解かれることのない呪いを被ったようだ。
心の底から押し寄せる波が、あなたの顔に雫を落とす。
ごめん...ごめん...本当に......
さよならは言わない約束だったのに
もう二度と
後悔しない人生を
一日を過ごすと
心に決めた日だった
「光と闇の狭間で」
一日にたった二回
されど毎日必ず訪れる
その瞬間に
人は何を思うのだろうか
感傷に浸るのか
誰かと過ごした時を思い出すのか
それとも未来への希望を見出すのか
狭間に立つほんの一瞬に
数多の小さな記憶が刻まれている
広大な宇宙が織りなす神秘の中に
「冬のはじまり」
夏の終わりと表裏一体
秋の顔を覗かせる隙間もなく
ただ夏の背中を追いかける
止まることのない繰り返しの中で
「終わらせないで」
「また負けたー」
「これでおじいちゃんの勝ちだな!」
祖父は強かった。家を尋ねるといつも将棋を指しては、悔しい思いをして帰るというのが定番の流れだった。
祖父はよく、同じ話を聞かせてくれた。
警察署の仲間の中でも、一・ニを争うほど強かったという。この祖父が、警官として働いていた姿は、今でも想像ができない。
気が強い昭和世代の九州男児といったところか、孫には優しかったが、負けず嫌いなところが見て取れた。
将棋に興味を持ち始めて数年、何局も指し続けるうちに、満面の笑みで帰ることも増えた。白熱した勝負で、帰りが遅くなることも。
「桂馬はそこじゃないよ?」
様子がおかしくなり始めたのは、数年前だった。
同じことを何回も言ったり、俺が生まれて間もなく亡くなった曾祖母の名前を呼んだりする。
認知症だった。
俺が強くなったのか、祖父が衰えてしまったのか、あれだけ勝てなかった将棋が、もう負けることはほぼなくなった。
「強くなったな」
そう笑う祖父であったが、素直に喜べなかった。
あれから数年、もう二度と祖父と将棋を指すことは出来ないと、非情な現実が時よりよぎる。
なんでもないあの時間を思い出して。
「愛情」
意外と身近に潜んでいるものだ
靴がそろっているのも
近すぎるからこそ気づかない
毎日の美味そうなお弁当も
気付けないだけなのかもしれない
帰ってくれば部屋がきれいなのも
当たり前の日々の尊さに