「じゃあね」って、なんで今日言うんだよ。
そういうずるいところ、大嫌いだ。
ああそうか。君は嘘が好きなんだっけ?
僕はね、ずっと嫌だなって思ってるよ。
悲しくなってくるからね。
君の背中に、なんて声をかけていいのか
わからなかった。
君の笑顔に、どんな表情で返したらいいのか
わからなかった。
一瞬泣きそうな顔をした僕に、
君は「どうしたの?」って言ったよね。
僕はあの晩、初めて一人で缶ビール1本空けたよ。
一人で飲むお酒は、妙に哀しくて
魅惑的な味がしたよ。
「ほんとに今日こそは『さようなら』だね」
ねえ、僕はなんて返したらいいの?
「ありがとう」
何も言わないでよ。
…黙って行かないで偉いね。
「君には言っとくべきだと思ったんだよ」
そう言った君は、なんとも言えない表情で、
「言ってくれてありがとう」
そう言った僕は、少しだけ笑ってて、
やっぱり、
今日だけほんとのこと言う日にしてほしいよ。
じゃないと僕は、たぶん耐えられない。
でも、君はそれを望むんだよね。
僕の前から去る日は、今日なんだと。
ずるいね。
「じゃあね」って君が言うから、
じゃあせめてさ、
「またね」…なんてね?
元気でいて。って言ったって、
きっと君には届かないんだよね。
だって君の願いはこの世界から
いなくなることだもんね。
君はたまに体調を崩すけど、
向こうではそんなこと気にしなくてもいいのかな。
あれ?もしかして感情もないのかな。
あると信じたいよね。
だって君の嬉しそうな顔は
僕が知る世界ではダントツで可愛いんだから。
だから、そう信じて言うけどさ。
どうか、幸せでいてね。
幸せに満たされて笑っててね。
病は気からっていうしさ、
僕もその言葉信じて
どうにかここで踏ん張ってみるよ。
「馬鹿野郎」って言いたいよ?
「なんで置いてくんだよ」って。
だけど、言わないよ。
ずるいのはあくまで
「ごめん」って言った君だけだよ。
だから、かわりにさ。
…これくらいは許せよ?
幸せでいてね。
そんな普通に腹をつんつんって、
そんな普通に笑いかけちゃって、
そんな普通に僕の隣で「またね」なんて、
そんな普通に僕の手を握って、
そんな普通に僕の身体に肩ぶつけて、
そんな普通に連絡先交換して、
そんな普通に抱きしめさせてくれて、
なんで、そんな当たり前みたいに、僕に特別をくれるの?
君の何気ない日々の中で、何気なく僕は登場しちゃってんだね。
そうやってまた、過去の思い出へと溶けていく今日を歩きながら、僕も君に「またね」って手を振るんだよ。
またね。
涙が頬を伝った。泣くな。今は泣くな。そう言い聞かせても、もう遅い。
喉が、痛い。グッ、と、変な音が鳴った。唇をかみしめて、何もかもを堪える。
だって、君が見ているのだから。1番泣きたいのは、1番悲しくて悔しくて堪らないのは、君なのに。
「ありがとね。…私のおばあちゃんの為に泣いてくれて」
いつもより穏やかで優しくて温かい君の声が、僕をまたしっとりと濡らす。
腹に力を込めて、君を見つめた。君も、じっと僕を見つめていた。
君の真っ黒い瞳のその奥が、落ち着きはらって僕の瞳を見つめ返していた。
どれくらいの時間が経ったのだろう。君はおもむろに言った。
「私、泣かないから」
笑うから、と。
思わず泣き笑いのような声をあげる。
もうやめてくれよ。
君のその強い後ろ姿に、僕は涙が止まらないんだ。
あの景色が、音が、匂いが、温もりが、
あの場所で、あの時の中で得た愛と祈りが、
「私の心臓」。
私こそ命。