星の海を二匹の魚が優雅に、雄大に泳いでいる。
尾が紐でキツく結ばれている二匹は、しかしそれをものともせずになんの憚りもなく星々の合間を縫っていく。
片方は愛らしい少女の上半身を持ち下半身の尾鰭が星の海に反射してキラキラと輝いている。その尾から伸びた紐は少女に比べて随分と大きな魚体に結ばれており、少女を庇うようにその巨体をうねらせながら泳いでいる。
星の位置が変わる。
それは少しずつではあるが、確実に、幾度も行われてきた事でもある。
少女の愛らしい声色が太陽に届く。歌っているかのような誘うようなその甘い音に、ついつい足を止めてしまいそうになる。
しかし、太陽は留まる事を許されない。全てを遍く照らし昼には地上の全てを見守り、夜には生者を守ってやらねばならない。
あの愛らしい魚の女神のことも見守っていた。
湖に落ちてしまった時はどうしたものかと思ったが、あの雄大な魚が彼女を助けたのを見届けて安堵したのはいったい何世紀前だっただろうか。
地上でいう4月には、太陽は魚の女神たちの側から離れてしまう。
あの愛らしい声色は別れの歌か、それとも再会を願う歌か。
星々の間を舞うように泳ぐ姿はそれは見事なものだった。仲の良い女神と魚の姿はとても微笑ましいものだった。
しかし、四月の魚を見ることは叶わない。
太陽は黄道を進む。
“エイプリルフール”
ふわふわとしている。
頭が、身体が、心が。
纒う白い絹。
踏み締める赤い絨毯。
流れ聞こえる囃子の音。
歓喜の色が花として咲き誇る。
傘と角隠しに覆われた表情は分からない。
けれど待ち受ける花婿の表情が物語っている。
この晴れ晴れとした青空のようなその微笑みが。
どこのお姫様だろうか、そう隣に囁いた。
隣から返事はないが、いつもは冷たい手が熱いくらいになっている。
キラキラとした瞳がいつも以上に輝いて釘付けになっている。
どうやらこちらの囁きは一音も届いていないようだ。
ボクらも幸せになろうね。
届かない囁きの答えは、大人になったらもう一度尋ねる事にしよう。
“幸せに”
目元が腫れている。
ほんの少しだけだけれども。
本人すらも気が付いていないのかもしれない。
身だしなみを気にするにはまだ少し早いだろうか。
妻と目が合う。
その柔らかな表情で、同じような事を考えているのはすぐに分かった。
可愛い我が子。
昨日はよく頑張った。
君は一生懸命、自分がするべき事をした。できる限りの事をした。
表立った結果は確かに敗北という形ではあるかもしれないけれど、
君がそれを糧にできる事は誰よりも自分達が知っている。
さあ、今日もいつも通りに過ごそう。
ただし、晩御飯は少し豪勢にしようか。
いや、そんな事をしたらこの何気ないふりもバレてしまうだろうか。
ああ、バレてもみんなで笑い飛ばせばいいか。
“何気ないふり”
はじけるような笑顔が眩しい。
目尻があの人に似ている気がする。
声はあの子に似ている気がする。
耳の形があちらのお家の方たちかもしれない。
やっぱりこのえくぼはあの人に似ている。
小さな手が愛おしい。
小さな重みを抱えきれないのが悔しい。
会いに行ける足はないが、
顔を見せに来てくれる子たちが何より嬉しい。
どうかどうか、この子の未来が素晴らしいもので彩られていますように。
あの人のように、幸せな最期を迎えられますように。
どうかどうか、どうかどうか……。
“ハッピーエンド”
飾られた美術品。
広がる空、流れる雲。
散歩中の犬。
通学路の子ども。
揺れる公園の遊具。
工事現場の職人。
電信柱のカラス。
道端の雑草。
なんて事のないものすら、
君にそれらを見つめられると、少し、寂しい。
“見つめられると”