いつもの日課で教会の麓で祈りを捧げていた時。
「相変わらずくだらんことに時間を使っているな」
背後から声がした。少しだけ感嘆してしまう。まだ日は沈みきっていないのに姿を現せるようになったのか、と。
「誰かさんが悪事を働かぬように祈り続けないといけませんから」
「フン。偉そうな口きくなよ。お前なんて俺様が本気を出せばどうにでもなる」
その言葉の瞬間、首に鋭い鈎爪のようなものが添えられる。彼の言う通りだ。私は攻撃魔法に長けていない。だから今ここで彼が気紛れで私の息の根を止めるなんて容易なことなのだ。
それでも死に恐れたりしないのは、聖女であるが故という理由と、あともう1つ。彼は絶対に私を殺さないという確信があるからだ。
「なぁ。いつになったらお前は俺様のものになるんだ?」
マントのような黒い翼が私の身体をすっぽり包みこんだ。これでは神への祈念に集中できない。頭に落ちてきた烏のような黒い羽根を手で払おうとした、が、腕を掴まれてしまう。
「お前はいつも余裕だな。今から俺に喰い殺されるかもしれないというのに」
「そんなことあり得ませんよ」
彼は私に恋をしている。だから殺さない。殺せないのだ。彼もまたその想いが私にバレているのが分かっているから、こうして夜になると堂々と会いに来る。
「お前のその余裕がいけ好かない」
「褒め言葉として受け取らせていただきます」
私の言葉に彼はムッとした顔をしてみせる。ぐっと掴んだ私の腕を引き寄せた。脅しのつもりだろうか。主導権が握れなくて苛立っているのが分かる。
でも、私にしてみれば幼子が機嫌を悪くしているようにしか映らない。この世界で人々から恐れられている魔王だというのに、私の前では何の恐怖も感じられない。
「なァ。いつになったらお前は俺様のものになるんだ?」
「この世界があるうちは、そんなことにはなりませんよ」
「なら、滅ぼしてしまおうか。こんな世界なんて」
「そんな真似しようものなら、金輪際口を利いてあげません」
彼は黙ってしまった。こんな冗談も真に受けるほど心は純粋なのに、どうして私達は敵対する種族なのだろう。世界が続こうが滅ぼうが、私達は一生交わることはない。私が聖女に生まれた以上、絶対に叶うことはないのだ。
だったらこんな世界要らない。
そんなふうに思ってしまう私は、聖女失格だ。
元気ですか?こっちはもう桜の季節が終わって、いきなり暑くなっています。今年も猛暑なのかなぁ、なんて思いながら今日はカーテンを洗ったよ。なんだかすっきりしていい感じ。
なんでこんな、慣れない手紙なんか送ってきたんだって思ったでしょ?それはね、君と出逢ってからちょうど5年経ったからだよ。たかが5年だろ、って君は言うかもしれないけれど。私にとっては大切な5年間だったの。笑うのも泣くのも君の前でが1番多かった。喜怒哀楽が忙しい、そんな5年でした。
今は離れていてなかなか会えないけれど、6年目も相変わらずくだらないことでも笑っていられるような仲でいたいなぁなんて思っています。
そしてあまり多くは望んだりしないから、せめて直接会える機会がちょっとでも増えたらいいななんて思います。文明が発展していつでも電話1つで顔が見れるけれど、やっぱり生身の人間に会いたいって思っちゃうもん。
君はこんなに放ったらかしてすまないと思ってるかもしれないけど、私は全く落ち込んだりしてないからね。そりゃ、年に数回は寂しいと思う時もあるけれど。君が頑張ってくれているの知ってるから。だから暮らしてる場所が違うからといって極端に孤独を感じたりしてないからね。どう?強い女でしょ?でも、時々甘えたくなる時だってあるからね。そんな時はわけもなく連絡しちゃうけど許してよね。
愛の力は偉大なんだよ。……って、こんな恥ずかしい言葉は君にしか言わないからね。
とにもかくにも、君の夢が1日でも早く叶いますように。5年間愛してくれてありがとう。6年目もどうぞよろしくお願いします。
XXX.
聞こえる。君が悲しんでる音。
僕にしか聞こえない特別な音が、耳を澄ますと聞こえてくる。
離れていても、こんなふうに君のこと分かっちゃうんだよ。
君が悲しんでると僕も気持ちが勝手に沈む。
だから今、僕が呼吸がし辛いのは、君に良くない何かが起きてるって証拠だ。
本当は、君が辛い目に遭ってるのをもっと深刻に考えるべきだけど、悲しさも苦しみも共有してる感覚になるのは嫌いじゃない。
でもやっぱり、僕は君の笑顔が最高に好き。
“おかえり”って出迎えてくれる優しい君が大好き。
そんな君だから、何物からも護ってあげたい。
今から急いでそっちへ行くよ。
そして、君の辛さを半分貰おう。
そうしたら君がまた太陽のように笑うから。
僕は何にでもなれる気がする。
君の幸せだけを考えて、今から会いに行くからね。
昨日書くの忘れて悔しかったから、
昨日と今日のお題
「優しくしないで」「二人だけの秘密」
2つ合わせて書く。
「今から帰り?」
下駄箱で靴を履き替えてる時、後ろから話しかけられた。この声まさか、と思いながら振り向く。やっぱりそうだった。なんで、そんなふうに普通に会話ができるの?その神経が信じられないでいると、彼は私に向かってにこりと笑った。
「今から帰り?それとも部活?」
「……帰るとこ」
「そっか。じゃあ駅まで一緒に行こうよ」
何言ってんの。私は返事をしなかった。無視する形で昇降口を出る。ところが彼はあとをついてくるではないか。
「寂しいなぁ、無視しないでよ」
それにも私は答えず、前だけ向いてせっせと足を動かした。なかなかの速歩きなのに彼はちっとも焦らず穏やかな顔のまま私の斜め後ろをついてくる。もう、なんなの。
「……なんなの」
「うん?」
「なんでそうやってつきまとうの。もう別れたじゃん、うちら」
そこで初めて彼のほうに顔を向けた。ドキリとした。へらへら笑ってるかと思ったのに、彼はひどく真面目な顔で私を見ていたからだ。私は思わず足を止めてしまった。同じように、彼も止まる。
「なんなのよ……」
「別れてないよ。あれは君が一方的に話を纏めたんだ」
「そんなことない。そっちも最後は“そうしよう”って言った」
「あの時は、君の言うとおりにしなきゃいつまでも平行線だったから」
「じゃあ私のせいだったって言うの?」
ムカつく。こじれたのも、結果こうなったのも私が悪いって言いたいわけね。だったら尚更放っといてよ。こんなふうに時間があいてから近づいてきたりして。今更すぎるよ。本当、今更優しくしないでよ。
「俺の気持ち、1度も聞いてくれなかったよ、君は」
彼は1歩近づいて私に真正面に立った。今日の彼は雰囲気が違ってなんだか怖い。だから私も次の言葉が出なくなってしまった。
「好きだったよ、ずっと。でもって今も好き。俺は君のことが好き」
大した事ない力なのに、彼に腕を引っ張られて私は前に倒れ込む。そうしたら、強く優しく抱きとめてくれた。ハッとして慌てて離れようとしてもできなかった。
「勝手に離れてくなんてずるいよ」
「そんなの、」
知らないよ。言いかけて止めた。知らなかったんじゃない。私が彼の話を聞いてあげられてなかったんだ。だからやっぱり、私のせいだ。私のせいで彼を傷つけてしまった。思い知って、涙が出た。静かに泣き出す私の背を優しい手が擦ってくれた。ごめんね。こんなふうに強がって、ごめん。言いたくて、でもうまく言えなくて。こんなの卑怯だと思いながらも私はひとしきり泣いた。
「戻ってきてよ。俺のそばに」
「でも、そんなの私、身勝手すぎる」
「俺が良いって言ってるんだから関係ないでしょ」
こんなふうに、彼はいつも優しかった。その優しさに私は甘えすぎてた。だからあんまり優しくしないで。また私は付け込んじゃうから。泣きながら、お願いする私に彼は笑ってみせた。いつもの知ってる、大好きな笑顔だ。
「甘やかすと優しくするは別ものだよ。俺は君を甘やかしてたつもりはない」
「そうかもだけど……」
「ついでにもう1つ、教えてあげる。俺が優しくするのは、君にだけだよ」
秘密だよ。最後に悪戯げにそう言って彼はぎゅっと抱きしめてくれた。優しい声と裏腹にとても強い力だった。
ごめん、好き。それだけなんとか伝えて、私は彼の胸に顔をうずめた。
赤い造花、青い手鏡、緑の髪留め。
みんなみんなあの人がくれたもの。
だけどもう要らないから、全部ゴミ袋に投げ入れた。
もうゴミになったのに、なんでこんなに色鮮やかなんだろう。
カラフルなゴミたちは私の目に沁みる。
棄てないで、って、言われてるよう。
物に罪はないのにね。
でもごめんね、苦い思い出は棄てなきゃならないの。
いつまでもとっておくと、私はずっとこのままだから。
最後に黄色いハンカチをゴミ袋に入れて口を固く縛った。
これでおしまい。
ありがとう、楽しかった日々。
ばいばい、思い出。