プレゼント、イチゴがいっぱい乗ったホールケーキ、それからあたしの好きな料理がいっぱい。カナッペ、シチュー、生ハムサラダ、ローストチキン。まだ飲めないからシュワシュワだけ出るジュース。バルーンで飾られた部屋の灯りを少しおとしたら、みんなで歌うの。
「HAPPY BIRTHDAY!」
これかあたしのクリスマスの過ごし方。クリスマスなんてニノツギよ。だってあたしにとって、1年に1度だけの特別な日なんだもの。クリスマスだって1年に1度だけだけど、それよりも誕生日のほうがあたしにとっては特別だから。そりゃ昔はうらんだわ。なんでこんな日に生まれたんだろうって。すごくソンしてる気分になった。でも、「クリスマスが誕生日なんてなんだかロマンチックだね」って言われたから、そこから悩まなくなった。誰に言われたかって?それはヒミツ。だって、その人にどんなに好きだって言っても、今はまだ相手にしてもらえないから。今日でまた1つ年をとったけどあの人には、あたしはまだまだ子供みたい。早く大人になりたいな。サンタさん、あたしを大人にしてください。ママに誕生日プレゼントは大人になる方法がほしい、って言ったら困った顔してた。でもサンタさんならかなえられるでしょう?このさい、誕生日プレゼントでもクリスマスプレゼントでもどっちでもいいから!
ツリーを飾ってテーブルの上にはケーキとチキン。他にもいつもより少し豪華なご馳走を用意して。お気に入りのバニラの香りがするアロマキャンドルと、貴方に贈ろうと思ってる絵本をそばに置いて。まだかなまだかな。私の目は時計と窓の外をもう20回往復くらいしてる。
昔はさ、こんな、絵に描いたような日が過ごせるなんて思ってもなかったんだよ。クリスマスなんて、世間が経済回すために騒ぎたててるだけで特に何も変わらない冬の日じゃんって考えてたの。それが、何年か経ってこんなふうに特別な夜に変わるだなんてね。私が一番びっくりしてる。
きっと大切な人ができたからだと思う。独りだったらこんな、手の込んだ夕食作ったりしないもん。貴方の喜んだ顔と美味しいって言葉が欲しくて頑張ってるんだよ、私。
特別な日じゃなくても、貴方は毎日優しくて面白くて、私の大切な存在だけど、こういう日だからこそ改めて感じるものもあるんだね。穏やかに今日を過ごせることはきっと当たり前なんかじゃないから。明日からも貴方は私のそばに居てくれるけど、その事実を大事にして今日は乾杯しよう。
Merry Christmas.
My darling.
品物だけじゃなくて。
これを選んでくれた時間も、
今日の日を前々からセッティングしてくれたことも、
くれる時に言ってくれた言葉も、
全部ひっくるめて私へのプレゼントだよ。
ラッピングのリボンの色を決める時にもきっと、私のことを思い浮かべてくれたんだろうな。
ありがとう。
けどごめん、実は私、プレゼント用意してないの。
でも、今すぐに贈れるものはあるよ。
目つむって。
あと、届かないからちょっとだけかがんで。
じっとしててね。
ぜったい、目開けちゃダメだよ。
じゃあ、いくよ――――
「君の考えはつまらない」
今日、上司に言われた言葉が、帰宅中も何度も頭の中をリフレインする。なにも皆の前で言わなくてもいいじゃないか。自分の提案を否定された悔しさと、皆にその現場を見られた羞恥心を同時に感じている。屈辱、無念、憤怒。あらゆる感情がぐちゃぐちゃになって私の中で渦巻いていた。
「ただいま」
もう仕事は終わって家路についたというのになかなか切り替えられない。どんよりした気分で家に上がると、先に帰っていた彼がリビングから顔を出した。
「おかえり。もうすぐでご飯できるとこだよ」
「あー、うん」
なんとなく、顔を見れなかった。彼はなんにも悪くないのに、脳天気なその顔を見たら八つ当たりしてしまいそうで。逃げるように寝室に入りコートを脱ぐ。先にお風呂入っちゃうー?暢気な声が部屋の向こうから飛んできた。それだけでイライラしてしまう。そんなふうに思っちゃいけないのに。
切り替えなきゃ。シャワーを浴びたら少しは心が落ち着けるだろう。浴室で服を脱ぎ、お風呂の蓋をとる。すると目に飛び込んできた黄色いものたち。
「なにこれ」
柚子が湯船にぷかぷか浮いている。ほのかに青臭さがどこか残る薫りが、浴室の中に漂っている。そっと身体を沈めてみる。
「あー……落ち着く」
ちゃぷちゃぷ揺れる柚子たちがなんだか可愛くて思わず顔が緩む。こういうことしてくれるのがまた、嬉しくて。そう言えば、なんで私落ち込んでたんだっけ。忘れしまうくらい、柚子湯は私を癒やしてくれた。お風呂から出たら彼にありがとうを言おう。でも、20個は入れ過ぎじゃない?
あたし、分かるの。自分の死期が近づいてるってこと。だからこのお家を出て誰も見てない場所で最期を迎えるの。
あの子はまだ幼稚園から帰ってきてない。だからここを出るなら今のうち。いつも帰ってきたらあの子、ママの言いつけをちゃんと守って手洗いうがいして、それからあたしのからだに顔をうずめにくるのよね。いつの間にか日課になってしまってる。それがもう無くなってしまうのはちょっぴり寂しいけど仕方ないわ。誰にも死ぬところを見せたくないから。挨拶も無いけどこのまま姿を消すわね。
散々毛玉吐いたり壁を引っ掻いたりしたけど、叱らないでいてくれてありがとう。生まれ変わったらまた、ここのお家の猫になりたいわ。あ、でも、あの缶詰はそんなに美味しくないのよね。だから次に巡り合うときはカナガンにして頂戴。
あら、幼稚園バスの音がする。それだけでクロミー、って、あの子があたしを呼ぶ声が聞こえてくる気がするわ。あんたは猫の何倍とこれから生きるのよ。立派なレディになりなさいよ。
さて。これからどっちの方向へ行こうかしら。どこへ逃げても隠れても、この空だけはあたしが死ぬところを見てるのね。今日も雲ひとつ無くっていい天気だった。あたしが死んだらこの大空の向こうへ逝くのかしら。そういえば確かあの子、空を飛ぶ猫、なんてタイトルの絵本を持ってたわ。まさしくあたしはそれになるのね。そう思うと、恐れるものなんて何もないかもしれないわね。
いい猫生だったわ。またどこかで会いましょ。