【街へ】
小さな田舎に男の子がいました。
男の子は母親と野菜を育てながら、生活を送っていました。
ある日、少し離れた街の方で小さな花火が上がりました。
「お母さん、あれはなに?」
「今日は街でお祭りがあるみたいだから、その知らせかもね」
お祭りと聞いて男の子は目を輝かせました。
そんな様子を見たお母さんは、今晩の夕飯にする魚を買ってきて欲しいと、男の子に頼みます。
お母さんは魚代を男の子に渡しますが、それにしては少し多い金額に男の子は首を傾げました。
不思議に思ったものの、男の子は近くの魚屋に向かいます。しかし、魚屋は定休日。
他に魚を調達するには街へ出向くしかありません。
少しだけ遠いですが、大変な距離でもないので男の子は街まで足を運びました。
街ではお祭りということもあって、いつも以上の賑わいを見せていました。男の子はその光景に再び目を輝かせますが、目的を思い出し魚屋に向かいます。
無事に買い物を済ませた男の子は空を見上げました。陽はまだ上にあります。
少しだけ、そう思いながら男の子は滅多に来れない街のお祭りを楽しみました。
やがて陽が傾き、男の子は帰路に着きました。
「おかえり、随分遅かったじゃないか。お祭りは楽しかったかい?」
家に帰ると母親が迎えます。その時、男の子は母親がわざと自分を街に向かわせたんだと気が付きました。
「うん。お母さん、ありがとう!」
男の子は笑顔で元気いっぱいにそう伝えました。
【優しさ】
僕の職場には細かいことに気が行く女性がいる。同僚のために必要な資料を準備したり、体調が悪い人を見つけると声をかけてさりげなく手伝ったり。誰もが嫌なことは率先してやっていた。
しかし、僕はそんな彼女の様子がだんだんおかしくなっていくことになかなか気づけなかった。
僕が変化に気づいたのは年の暮れ頃だろうか、軽く腕を振るう感じで自身の足を叩いていた。だけど普段と変わらず同僚と話したり業務も変わりなくこなしている。
そんな様子から気にも留めなかったが、ある時彼女の独り言が聞こえてきた。
「あー、イライラする」
その言葉にびっくりした僕は、試しに何気ない会話を振ってみた。
彼女の様子は普段と変わりない。いつも通りの笑顔で僕に接してくれたが、一人の時はため息が多く顔つきが険しいことにようやく気がついた。
それから彼女を見ていると、あることが分かった。
普段気を利かせて同僚たちのサポートをしている彼女だが、同僚たちはそれに気がついていながら感謝を述べることがないのだ。
ある時残業で彼女と二人で作業をしていた。
僕は彼女に普段の行いに感謝していることを伝えると、彼女の目からは涙が溢れ、泣き出してしまった。彼女は言った。
「最近訳もなくイライラすることが多くて、だけど何となく気持ちが軽くなった気がします。ありがとうございます」
「自分を大切にすることも大事だよ」
僕が言えたことではないかもしれないが、それでも少しでも慰めになればと彼女に告げる。
別に見返りを求めてやってた訳では無いだろう。だけど、感謝の気持ちを伝えないと誰でもいつかは壊れてしまう。
これからは、僕も少しは周りに気を配ってみようと心がけることにした。
【ミッドナイト】
私は病院で看護師をしている。今日は夜勤で夕方に出勤した。病院自体はこじんまりとしていて、主に看護師の他に看護助手が2人行動している。
今日一緒に夜勤するその助手のひとりが、いわゆる"視える人"らしい。
〇〇号室にいつもいるとか、仮眠中に顔を覗いているとか。
今更そんなことで怯えることは無いが、話を聞くとやはり気味の悪さは感じる。助手は二人で行動、看護師は一人で行動することが多い勤務内容だが、真夜中の薄暗い廊下の中を移動する時は余計なことを考えてしまう。すぐ近くの病室に入れば人がいるのにも関わらず、日中の雰囲気とはまるで異なるから不思議だ。
まぁ、なんだかんだ言っても夜明けが近くなれば記録や報告をまとめたり、朝の食事や薬に廻らなくては行けないので、忙しさにかまけてどうでも良くなる。
今回も何事もない夜で良かったと、日中の職員に引き継ぎをした。
【安心と不安】
ゴロゴロと空が鳴り続ける。今日は一日中雨だ。こんな雨の日、しかも寒い日に仕事が休みなのはラッキーだ。
私は日々の疲れた体が癒えず、一日布団の中でのんびり過ごした。布団に入ってスマホをいじっていると、突然ドーンという大きな音とともに、雨音が激しく打ち付ける音が聞こえた。
不定期に鳴り続ける雷と、大きな雨音に最初こそ驚き不安になったが、段々とその音が心地よくなり布団の温かさも相まって、私は意識を手放した。
後にせっかくの休みを寝て過ごしてしまったという罪悪感に頭を悩ませるのだった。
【逆光】
私はカメラが趣味で、よく休みの日は色んなものを被写体にして撮っている。と言っても、趣味なのでプロみたいに綺麗なものではないが。
最近は、影を撮ることにハマっている。ある日、夕日に写し出された電柱を見て、そのシルエットに惹かれたのがきっかけだった。
影を撮る時は夜明けか夕方が多いが、きれいな青空が広がった時には爽やかな写真が撮れる。
「へぇ、すごい綺麗じゃん」
撮った写真を彼氏に見せる。彼はいくつかの写真を見てそう言った。
「うん、でももっと綺麗に撮りたいんだけど、なかなか上手くいかないなぁ」
私がそう言うと、
「じゃあさ、今度新しいカメラでも一緒に見に行こうか」
と、彼の誘いに私は嬉しくなった。
それから私たちはデートを楽しみ、やがて夕日が差し込み始める。
「ごめん、ちょっとトイレ」
そう言って彼はその場を離れる。残された私は、何気なく夕日を眺めていた。
それから少しして、振り向くと彼がスマホを掲げて立っているのに気がついた。
「何してるの?」
「いや、ちょっといいなって思って、俺も写真撮ってみた」
そう言って彼が私にスマホの画面を見せてくる。そこには、夕日をバックに私の横顔が影となって映っていた。
「なかなかいいね、こういうの」
彼が笑ったので、私も釣られて笑い返した。