『平穏な日常』
ここ数年、基本的にはひきこもり、とても静かに過ごしている
近所に買い物は行くし、知り合いに会えば挨拶し、世間話はする
大げさに言えば、集合意識の影響を極力避けている
子育て中に必須だったグループ
OL時代の友達のグループ
果ては学生時代のグループまで
ライングループを退会した
自分探し時代にできた、さまざまなグループはもうすでに、ないも同然になっていた
思い返せば形だけの挨拶を交わす年賀状を辞めた頃から、この流れは始まっていた
外で人と会う約束もなくなって、着る服もすっかり変わった
化粧も毛染めもしなくなった
60歳最高!と思う
もう周りを気にする必要はない
外の世界から必要とされてなくても
仕事という社会貢献をしていなくても
誰もなんとも思わない
私は私の意思だけで存在できる
ようやくたどり着いた
それは『認められたい』という気持ちを捨て去るための、長い長い旅だった
すでにアイデンティティは崩壊している
私は何者でもないし、だからこそ自由でいられる
『愛と平和』
愛はそれぞれの形で誰でも持っている
平和も、誰の心にも本当はあって当然のもので、人はみな平和な環境で存在するのが当たり前の権利ではないか
人類全てが、願ったり、祈ったりする必要がなくなった時、本当の意味で「平和」な世の中であると言える
愛も平和も豊かさも健康も
全ての人が求める必要もなくそこにある、
そう信頼できる、
それが本来のあるべき姿なんだと思う
それは難しいこと、無理なこと、
そう思い込んでいる、そう思い込まされているみんなの意識が、
今の世界の状態、今の「普通」を創ってしまっている
誰か一人が理想を描いていても、大衆の「人間とはこういうもの」という思い込みにはなかなか抗えない
ただこれだけ情報が自由に得られるようになると、「思い込み」を逸脱した人の存在を頻繁に目にするようになり、「人とはこういうもの」という概念も揺らいでいる
当たり前に愛と平和に満ちた世界
不可能ではない
『過ぎ去った日々』
ある時、私は立ち止まった
それまでずっと、外側に自分を探し続けていた
自分が何者かであると信じ、それを証明するべく、その方法を探していた
ある出会いでその流れを止めた
それまでの流れは、流れているようで、少しも進んでおらず、実は同じ場所をぐるぐる迷い、すっかりよどんでいた
そのタイミングから5年、外から見れば同じに見える自分だけれど、中身は全く違う
以前の自分の必死さは、愛らしく、でもちょっとハズい
どうやって生きようと、私たちは自分の感覚で、自分の世界を生きている
どれだけ外の世界で認められようと、自分の世界で自分から認められなければ意味がない
外を探し続ける旅は終わった
ほっとした
そして今、ネットの世界の整理を余儀なくされている
どうやら新しいフェーズに入ったらしい
『お金より大事なもの』
もともとお金持ちになりたいと思ったことがない
むしろお金持ちや家柄のいい家庭に生まれたら大変なんだろうなと思っていた
それでも苦労せず、ちょうどいいくらいのお金は欲しい
無駄なお金を使うのはイヤだし、損するのもイヤ
貯金を増やすために時間を使って投資することには興味がなく、減らないように預かっておいてくれればいい
もちろん昔みたいに利息がバンバンつけば嬉しいけれど
いまやお金もどんどん実体がなくなってきていて、正直よくわからない
今一生懸命キープしておいたお金は、10年後20年後、同じような価値を持つのだろうか
ただ「お金より大事なものがある!」と強く言える人は、今日明日の生活に困ってはいないということだろう
私も今のところペットに食べさせ、病院に通わせられる生活だ
でも、この先は誰もみな同じ、不透明
『お金が大事』、でも、『お金より大事なものがある』、でも
どちらにしても強く信念を握りしめ過ぎるのは、これから先、生きづらくなるような気がしている
その時々で自分にとっては何が大事か、
それを毎度毎度選択していけばいい
『月夜』
占星術にどっぷりハマった時期があった
かなり詳しく自分の誕生時のチャートを読み込んだ
太陽乙女座はもちろん知っていたが、月は蟹座だと知った
蟹座は月が最も輝く場所でもあった
満月や新月が、体調やメンタルに影響を与えているような気はしていたが、
意識すればするほど、その影響を大きく感じるようになった
満月の夜、ベッドでふと目覚めると、窓からこうこうと月明かりが差し込んでいる、そんなことが続いた
最初は特別な繋がりを嬉しく感じていたが、だんだん影響を受けることが煩わしくなった
意識するのをやめた
つかず離れず
そのくらいの付き合い方が、私にはちょうどいい