『次は終点、◯◯、◯◯です。』
そんなアナウンスが聞こえてハッと目を覚ます。いつの間に眠ってしまったのだろう。
いつも乗っている電車のはずなのに、外は見た事がない風景、どれだけ長いこと乗っていたのだろうか。
挙句に誰も同じ車両に乗っていない。
不気味だ、インターネットで見た電車の怖い話を思い出して身震いをする。まさかそんな、あれは作り話なのだから私がそんなことに巻き込まれるはずがない。
でも、見た事がない風景、聞いた事のない駅に到着しそうになっているのが事実。
このまま乗り続けては車庫に行くだけだ、1度降りて折り返せばいい。
勇気をだして1歩踏み出した途端、くらりと視界が歪む。誰かがこちらに駆け寄るのを尻目に、私は気を失った。
───────
懐かしい薬品類の香り、だけどこの香りはもう二度と嗅ぐことがないはずだった。その事実にがばっと起き上がれば
見覚えのある医務室だ、たしか私は見覚えのない駅で倒れたはず。じゃあこれは?夢?こんなに鮮明な光景なのに?
ただただ混乱していると、この部屋の主が現れた。
「おや♪目が覚めたんだね、でもまだ無理はしては行けないよ。」
『…夢?』
「ふふ、面白いことを言いますね♪夢でも私に会いたい…ということでしょうか♪なんて、ここは現実です、あなたを助けたのも私ですよ」
何故?こちらの世界にいるはずはないのに。もうあちらの世界にも行けないはずなのだ。
思考を巡らせているとこちらの様子に気付いたその人は私の手を握って説明を始めた。
どうやら、全てが終わり私が指輪を手放した後、あの屋敷に居た全員こちらの世界に飛ばされてしまったというのだ。
あちらの世界に帰る方法も、こちらに飛ばされた理由も何もかも分かってはいないのだという。
そしてさっき、私が電車から降りて倒れたところにたまたま、元担当医の彼がいた訳だ。
『じゃあ、他の皆は?一緒だったの?それともバラバラ?』
「困ったことに、ね。バラバラなんだ。数人には会えたのだけれどまだ会えてない子もいるよ。」
『そっ…か…。』
私の歯切れの悪い返事に彼はそうだ♪と言い出した。
彼のその楽しそうな表情に何となく言いそうなことはわかる。もちろん言われなくても同意するつもりだ。
「あなたが良ければ私と一緒に探してくれないかな♪」
上手くいかなくていい、人には向き不向きがあるから
そう教えてくれたあなたはある日突然、帰ってこなくなってしまった。
俺たちの住む世界とあなたが住む世界は違う。
帰ってこなくなってしまえば、あなたが無事かどうかも確かめることができない。
あなたが帰ってこなくなってからもう何年経っただろうか。
俺はあなたに喜んでもらいたくてバナナマフィンを作ろうとしていた、結果は毎回失敗に終わるのだがそれでもあなたは喜んで食べてくれた。
体に悪いですからと伝えても頑張って作っていたの見てたから美味しいよと伝えてくれるのだ。
上達したいと思い、なんども挑戦するがそれでも上手くいかず、挙句の果てには真っ黒な炭を生み出してしまった。遂に食べられない様なものを生み出してしまったと思いそっと捨てようとしたところをあなたは今日は失敗しちゃった?と覗き込んできたのだ。
食べられない程の黒い炭を見てあなたは、今度一緒に作ろう?と優しいあなたは責めることも笑うこともせずに誘ってくれた。
その次の日から、もうずっと帰られていない。最初は忙しいのだろうと思っていた。
だが数十年も帰られなければ、何かがあったに違いないとそう思いたくなくてもよぎってしまう。
そして、遂に数百年経ってしまった。
あなたの世界に行く方法も、あなたの行方も、見つからないまま。
俺はあなたとした約束を忘れていませんよ。いつでもあなたのお帰りをお待ちしております、ですから、はやくお戻りくださいね。
今年の夏は些か太陽から脅されているのかと思うほど日差しが強い。
なぜ今年はこんなにも日差しが強いのだろうか。
蒸籠の中のような蒸し暑さの中、日傘を指し今日もまた職場へ向かおうと1歩踏み出せば目の前に黒い猫が現れた。
さっきまで居なかったのにな、と思いつつも暑いから日陰に行きなね。と声をかけまた踏み出すと後ろから「まだ思い出せない?」と一言。振り返っても誰もいない、さっきまで居た黒猫すらもいなかった。
不気味だ、こんな時に限って周りに誰もいないなんて。気味が悪いから足早に駅に向かう。その間、何かが起こるわけでもなく、やはりさっきは暑すぎて少し疲れているのだと思うことにした、
のに。
帰り道、同じ場所に朝見た黒猫と、その猫を抱えた橙色の髪の男性がこちらを見ては
「あっ、待ってました!さ、行きましょう!」
と手を引いてくるのだ。
人当たりが良さそうな顔をしている男性はそのまま手を引いて歩き出そうとするので、怖さのあまり振りほどこうとすれば
「す、すみません…怖がらせちゃいました…?」
眉を八の字にして困ったように笑う男性にあなたは?と問えば
「俺は、あなたの味方です!またあなたに会えて本当にラッキーだなぁ…」
そう呟く彼は、自分より背が高いことを忘れてしまうくらい、子供のように純粋な笑顔を浮かべるのだ。
なぜ私のことを知っているのか、そう問えばまだ内緒です!さ、行きましょう!と私に手を差し出すのだ。
その光景に、どこか懐かしさを感じて無意識に彼の手を取っていた。
この街の鐘の音が聞こえる度に幼少期に夢の中で出会った彼を思い出す。
彼は私よりも頭1個分だけ背が高く、三つ編みを1本、しっぽのように垂らしている子だった。名前は聞いても「また今度会えた時に教えましょうね」とはぐらかされるのだ。
夢の中で出会う度に彼は色々なおとぎ話を聞かせてくれた。なんでも、絵本を読むのが好きなんだとか。後は歳の近い…血は繋がっていないらしいが、弟が1人いるらしい。そんなことまで教えてくれるのに肝心な名前を教えてくれない。
なのに彼は私の名前を知っているのだ。夢の最後で必ず「おや、もう時間ですか…寂しいけれど、今日はもうこのくらいにしましょうか、じゃあまたね、○○。早く戻ってきてくださいね。」
お別れする度に鳴り響く鐘の音と、寂しそうに微笑む彼を最後に目を覚ますのだ。
そして最後に彼に会えたのは今から5年も前。彼は最後も変わらず「私を1人にしないでね、必ずまた帰ってきてください」と私の手を引いて寂しそうに笑った。
それから私は夢で彼に会うことも無くなった。夢の中の存在、イマジナリーフレンドのようなものだと思っていても彼の寂しそうな顔を思い出す度に会いに行かなければと気持ちが急く。
また今日も夕方の鐘の音が響く。もうそんな時間か、と空に浮かぶ満月を見上げていると「見つけました」と聞き覚えのある声。
振り返るよりも早く、彼に抱きしめられた。
「あなたが来てくれなくなってしまって私寂しかったんですよ?だから、逢いに来てしまいました。これでずっと一緒に居られますね」
手を取り、蕩けた笑みを私に向ける彼に名前を問う。
「ふふ、私の名前は─」