■ 星空の下で
今日も眠れない
私がここに引っ越してきたのは小学校6年生の時のだった。
ちょうど中学生への切り替わり時期で、まっさらな状態で新しい学校に通わなければいけないと、ドキドキしていたのを今でも覚えている。
新しい家は私の部屋もあって全体的に可愛らしいデザイン。両親が仕事の合間をぬって、壁紙やカーテン、家具などを用意したようだ。
これから中学生なのに白地にクローバー柄の壁紙で、カーテンは葉っぱ模様の淡い黄色、プリンセスのようなベッドは当時の私には幼稚に見えて文句を言った。
「ちょっと子供っぽいな…」
「子供が何言ってんの!いけるいける!!」
豪快に笑う母と不貞腐れた私。
ベッドに横たわりながら、引っ越し当時の事を思い出す。
今私は高校3年生で、母は去年 事故に遭って帰らぬ人となった。
もう15歳になろうというのに、今日も可愛らしい部屋で寝起きしている。
私はあれから急激に身長伸びたのだが、部屋はまだ小学6年生の時のまま。
引っ越してから去年まで、母との思い出はこんなにも部屋に染み付いているのに、あれから1年間の思い出の中に母はいない。
この前、父から部屋を模様替えするかと言われたが
「まだこのままで良い」と断った。
小学生の頃はあんなにも替えたかったのに。
人は死ぬと空の星になると、よく色んな物語で言われている。
もし本当に星になるなら、あんな宇宙の彼方の星じゃなくて
明かりを消すとボゥっと光る、天井の星空柄の壁紙の星の1つであって欲しい。
「私を、子供っぽいって文句言った壁紙の星にするの?!」
そんな母のツッコミが頭の中によぎって、なんか笑えてきた。
天井の星は段々と光を潜め、ただの星柄の壁紙になっていく。
何だか「おやすみ」と言われているようで、私は安心して目を閉じた。
■ 何気ないふり
乾いた空気が流れる事務所
私は画面上の数字を見ながら
さらなる数字を打ち込む
入口近くに置かれたホワイトボードには
営業部の直行直帰や戻り時間などが
乱雑に書き残されている
タイピングの合間にホワイトボードをみると
勤めて3年目 気の優しい営業くんが
少し息を切らしながら入ってきた
自分の名前の横にある戻り時間を消す
今日はエレベーターが午後から点検だったので
階段で上がってきたのだろう
頬を赤らめながら 額には汗がにじんでいた
彼が席に着いたのを見るやいなや
私はすかさず領収書の確認に向かった
息が切れていたのに私が話しかけると
必死で鼻呼吸に変え キリッとした顔つきをする
そんな彼の仕草を可愛らしく感じながら
私は息を整える暇を与えないように
息が切れている事に気づいてないふりをして
至って平然という風に話し続ける
相手を立てながら からかうのも意外と技術がいるのだ
私の密かな 褒められない楽しみである
■ お金より大事なもの
「生きるっちゅうことは
幸せなことと思うか?」
伯父が言った
「わしは思わん
わしの幸せっちゅうのは
好きなもん食うて 好きなもん着て
あったこぉして寝れる まぁこれが幸せやと
思うわけやわ」
また突拍子もないことを言う…
と思いながら聞く
「でもな こっからが重要やで
“幸せ”と“大事”をごっちゃにしたらアカン
お前、わかるか?」
「どぉちゃうん?めっちゃ似てるけど、全部」
伯父はニカッと笑って続ける
「あんまり“大事”にこだわり過ぎたらアカンど
“幸せ”がわからんよぉになるからな」
そう言って伯父は死んだ
何十年か経ち
私は所帯を持つようになり
子が産まれ
私は今 私の大事なものを守るために働いている
虚しくなって 心が擦り減った時
伯父が言ったことを思い出した
私は私に問いかける
私は自分の概念に囚われていないか?
私の大事なものはそれを求めているか?
大事なものは幸せか?
私は幸せを感じれているか?
いまもの凄くそれを考えている
幸せを超越する大事なものは有るんだなぁと
■ ひなまつり
母がわたしに
「健康であるように」
「良い人と出会えるように」
「お嫁さんになれるように」
「行き遅れないように」
そんな願いを込めて飾った
七段飾りの雛人形
さして美味しくもない
あられや菱餅
わたしは好きでもない
質の良い服を着て
雛飾りの前で写真を撮る
あの時はよくわからない
面倒な行事だと
心底思っていたが
結婚もせず
30を越えた今
私が思うのは
どれだけの愛情があそこにはあったのか
立派な七段飾りは今も
飾ることなく
押し入れの中にある
母は何も言わない
私はその人形の行く末を考えている
■ たった1つの希望
私は何の変哲もない
一般的な人間だ
大学を卒業し
働き
夢やぶれて
信じるものをなくし
海外にちょっぴり住んでみたりして
また働いて
学んで
働いて
おかしくなって
いま 床に横たわる
一般的な人間
刻々と過ぎる時間の流れや
自分が成せなかったこと
好きだったものが消え
ただ ただ 生きなければいけない
でも死んもいけない
そんな様々な絶望を感じながら
1つ希望があるなら
変哲もない人間だからこそ
終わりある命だということ