ジムノペディとは、ギリシア語の gymnos(裸の)と pais(子ども・少年)という意味からなり、裸体の少年たちが、踊ったり体操風の遊戯を行ったする古代スパルタの神々(古代ギリシアの戦没兵士)を祀るための儀式の名称「Gymnoppaedic」から、エリック・サティーが作った造語です。
エリック・サティ
エリック・アルフレッド・レスリ・サティ(Éric Alfred Leslie Satie、フランス語: [eʁik sati]、1866年5月17日 - 1925年7月1日)は、フランスの作曲家。
出身地: フランス共和国 オンフルールとパリ
ジャンル: クラシック音楽; 新古典主義音楽; ロマン派音楽
学歴: パリ音楽院中退; スコラ・カントルム卒業
職業: 作曲家
私が初めてこのジムノペディという曲を耳にしたのは薬師丸ひろ子・世良公則主演三田佳子助演映画『Wの悲劇』だった。曲のタイトルも、作者のエリック・サティという名前も知らなかったが、当時17か18歳だったと憶う ... よくわからないが神妙不可思議な耳触りにうっとりしていたのを記憶しているのだが ...
あの頃から35年を経て ... 未成年だったあの日の私がうっとりしていたこの曲のはっきりわからなかった景色は死へ誘う階段を一段一段上がっている情景だったのだろうと今では感触する。
誰もが何もかもにつけて私が悪いと結論づける人生だった。それに抗う気すら起たなくなる程の羅列だったのだが ... この曲が初めて ... あなたは、唯のひとつも悪くなかった。だけどどうしても戦わないあなたに世界は嫉妬し、業を煮やした。さあ、あなたはよくここまで耐え続けました。さあもう躊躇う事なく、その透明な階段を登って私のところへ来なさい。もうこれ以上苦しむ必要はありません ... そんな声が聴こえた。
美味い酒、気に入った酒ほど、シラけさせるんだよ ... ジンセーっていうか、しあわせになりたい ... 辿り着きたい、とか ... 愛されたい ... 人から尊ばれたいとか ... はたまた、これは、いい意味で (?) かしら ... 侮辱されても笑って、ウンウンて流せる ... 。
オンナの中に入って恥じらいのほどける一瞬をむさぼるみたいに薔薇の棘のような尖った乳頭を唇で塞いで互いの心を溶かし合うとか ... ハハ ... ガキだったなあ ...
『雨の慕情』なんて歌が流行った時代もあった。今の若者にはわからんだろうなあ ... 。
( ※ 現代の若者は、私みたいな半端者とは異なる確りとした大人が整備した世の中を生きてる。不毛な身口意の業を垂らさない。)
夢ってのは、人が念う以上 ...
はかな‐い【儚い・果敢ない】
頼みにできる確かなところがない。
淡くて消えやすい。
「―望み」。無常だ。「―この世」
掌に降りた雪の如く瞬く間に消えて姿を消すからこそ美しいのだろう。
死者の身体になら触れても雪は溶けないんだよな ...
また埒の開かない事を考え続けてしまった。
覚悟が決まらないのである。
この世この地球上でたったひとつ祈る者を絶対に裏切らない信仰と出逢って、既に暗い予想を真逆に覆す幸、その光明が降り注いで ...
私は、覚悟が定まらないのである。
不安要素の一切合切何もかもが好転した。
本物の信仰の行神力の凄まじさとはこういうものなのかと恐れ慄かずには居られなかった。
然し、その感謝と懺悔の道を修めてゆく覚悟が何故か決まらないのである。
私は死にたいと願うのである。
それは、すなわち、逃げ出したいと思ってしまっているのだと念うのである。
先々 ... 挫ける日が訪れる日の悲しみに怯えてしまっているような気もする。
はたまた ... 己が念う境涯へ辿り着けなかった時の悲しみに怯えてしまっているような気もする。
覚悟が、決められずに動けない侭なのである。
荒廃した精神 ... 疲弊した魂、心 ... 。人や何かしらという所謂 〝 ほか ( 他 ) 〟に矛先を向けてみたくなる奮気すら湧かない。怒りすら込み上げて来ない ... 。
思いを遂げてしまった罪人の清しい ... 爽やかな ... そうした情けない顔は持っていないという程度のチンケな誇り?プライドみたいな事すら今はもう携えない。
スコッチの繊細で僅かな甘味に黙らさせて貰う静かな夜のカーテンに隠れる。
本当に自分すら愛せなくなったズタボロの己が合掌し乍ら 〝 偽り 〟とは? ... なんて事を考えてみたりしている。
チャラく崇敬しつつ大っ嫌いだったデキの良い2歳上の実兄に〝 おまえなんかよりぜんぜんおんな経験多いよ 〟と告げられた時のナサケナイ気持ちとか、元来というか先天的世渡り上手また愛され好手な3歳上の次姉に、アコースティックギターを初めて弾けるようになった興奮を話す俺に告げた冷ややかな〝 よかったね、聴いてくれるひとがひとりもいないけど。〟... ... ..... 。
この世は、それでも美しくやさしい、ソフトタッチな地獄なのであろうと念う。
私は絶好の死に時、そのタイミングを静かに待ち続けているだけの小虫だが地から見上げて拝む見ず知らずの様々な遣り取りは愉しい。
それとかに感謝し乍ら好機終焉を待つ。
昼空は青い。月は白い。そして朝焼は剰りにもやさしい。
51年も寄り道させてもらった感謝だけ忘れぬよう好機終焉を待つ。
夜のカーテンはもう捲らない。
同僚や妻やお客さんや殆ど見ないテレビを偶に見た時に居る政治家や芸能人 ... とかとか ... 私の死にたい理由をコツコツと積み上げてくれる。
咎は自らに有る ... それヲ踏まえて ...
でもね ...
少なくともボクサーの那須川天心や井上尚弥やブレイキンダウンに集まる人々を拝観してれば ...
前出の奴らなんざあすべてクソだ。クズだ。
そう思わざる負えなくなるよ。
特に芸能界。
消えろよはよ。
いらねえんだよ。