手を取り合って
「少しは立ち上がれるようになったんで......見て欲しいんです」
いつもと変わらない、自信のない声でそう言った。でも今日は、その声とは違う。彼に、生まれ変わった私の姿を見せたい。そんな思いを言葉にこめた。
「分かった。俺、見守るよ」
私の言葉を信じるように、彼は言った。その言葉で私は、ほんの少し自信が出てきた。でもやっぱり不安は大きくて、言葉にはそれが表れてしまう。
「あの、もし倒れそうになったら...」
「分かってるから。ほら」
彼は一貫して見守る様子をとっていた。私が不安を抱えていることも、すべて見透かされているような感じがした。なら、どんなことを思っていっても仕方ないと思った。
私はゆっくり体を上げる。足が体を支えられそうになくて、倒れ込みそうになる。彼が手を差し出し、私は咄嗟に掴んだ。足はまだ震えていて、自分で立てるような感じではないけど、それでも私は立っていた。
劣等感
私には縁がないと思っていたものに乗るようになってから、ひと月が経った。
慣れない操作と、周りからの視線が、私の心を強張らせる。元々人と接することに苦痛を感じるタイプで、できる限り人を避けてきた。でもこの体になってからは、そうはいかない。
取りたいものがあるとき、この体じゃ届かない。ならば周りの人に頼るしかなくて、近くにいた人に伝えようとするけど、私の不明瞭な声じゃなかなか伝わらない。そんなときに、なぜこんな性格で、声で生まれてきたんだろう、なぜこんな体になってしまったんだろうと劣等感を感じてしまう。
それが日常になって、心に深い傷をつくり、治りにくいものになっていった。
趣味のイラストを描くことに行き詰まり、私は手を止めた。腕を伸ばし、そのあとにほぼ無意識でため息をついた。
私の目の前にはいま、絵を描く用のタブレット、その先に大きな窓がある。今日の天気は雨。ちゃんと閉まっていないレースカーテンの隙間から、ジメジメとした景色が見えた。
そんな不安定な1日が今日も始まっていた。まあ、なんとかバイトを掛け持ちして食い繋いでいる私には、日常茶飯事だけど。
誰にも言えない秘密
今年、丸馬津高校に赴任してきたある女性教師がいた。着任式で、全校生徒に初めて姿を現したときから、彼女は美人、かわいいと話題になっていた。教科は美術で、その美しい容姿に似つかわしい。しかし彼女の表情はクールで、どこか闇を感じた。実は彼女、前にいた高校であることを経験していた。
狭い部屋
4畳半しかないこの部屋に、大人が2人も入るとやっぱり距離が近いように感じる。自分の心の内が伝わってしまうんじゃないかと思うくらいの近距離。好きな人と2人きりで過ごせる喜びと、もしも喧嘩とかで気まずくなってしまったらどうしようという不安が入り混じった、いや、不安のほうが大きい、そんな自分が出てきてしまいそうだ。