もし、無人島に1つだけ何かを持って行けるとしたら
親友の一花に聞いてみた。
きっかけは、少し前に見たテレビ。
芸能人が1週間無人島でサバイバルをする番組で、笑いあり涙ありの超大作だった記憶がある。
ただの好奇心だし、答えたからと言って何がある訳でもない。
彼女は面倒くさそうにため息をついて何気なしに言う。
「私より弱い男の人」
「え、なんで?」
「むしろ、二葉なら何を持ってくの?」
「…船とか、…脱出の手段になるもの、かな?」
無難すぎる私の答えに彼女は「つまらない女」とまたため息をつく。
「船だけ持って行ってどうするの?二葉、船舶免許なんて持ってた?持って行けるものは1つなのよ。船長もいない船を持っていっても操縦できずに座礁してまた無人島に戻ってくるのが関の山よ」
何故こんな所だけ現実的なのだろう。
面白半分でした架空の話で、私は何故怒られなければならないのだろう。
「…じゃあ、一花の"弱い男"ってのはどういう意味?」
「私は本土には帰らないわ。無人島で私の国を作るの。そのための労働力、逆らっても私には及ばない力、繁殖できる異性が必要になるってこと」
そういえば彼女の幼い頃の夢は、日本の再建と言っていた気がする。
こんな何気ない質問で、親友がサイコパスであることが証明されてしまった。
「…でも、国を作るのなんて何年も何十年も何百年もかかるよ。一花が玉座に君臨する前に死んじゃうよ」
私の言葉に彼女は「でも」と続けた。
「でも、私は国を作るのよ」
真っ直ぐに先を見つめる彼女。
なんだか、やり遂げてしまえそうな気さえした。
「面白い女」と私は苦く笑って、ため息を落とした。
「嘘つきエイプリル」
好きで嘘をついたんじゃない。
メイの猫が居なくなっちゃったのは、多分死期が近いから逃げ出したんだろうって思ったけど、それを言っても悲しくなるだけだから、本当のことを言わなかっただけ。
ジュンの友達がジュンの悪口を言ってたけど、それをわざわざジュンに教える必要はないから、本当のことを言わなかっただけ。
「嘘つきエイプリル!今日はお前の日だね!」
4月1日。
嘘が嫌いなみんながこぞって嘘をつく日。
「エイプリルはいつも素直ね!」
「エイプリルは本当のことしか言わないよね!」
「エイプリルと友達で良かった!」
普段は聞けない皆の優しい言葉が聞けるこの日は私は嫌いでは無い。
「みんな!私もね、私も…」
「みんなの事がとってもとっても大好きよ!!」
一を引けば辛くなる
頭を無くせば金になる
そんな曖昧な定義の幸せなんて言葉に私は騙されない。
「幸せになんてなるものか」
「どうしてアンタはいつもそうなの!?」
ヒステリックな言葉に、何も思わないわけじゃない。
私を殺したいわけじゃないだろうに、私の心を殺す言葉をどうして平気で吐けるのだろうか。
布団を頭まで被って、深呼吸をする。
暫くすれば、ほら、夢の中だ。
「どうしてアンタはいつもそうなの!?」
夢の中でさえ吠えるこの女。
私は思い切り平手打ちする。
1発、2発、3発…無我夢中で殴った。
「私の言うことさえ聞いてればいいのよ!!」
まだ吠える口を黙らせようと今度は手を握りしめた。
1発、2発、3発…後どれだけ殴ればこの女は黙るのだろうか。
ピピピピ…と遠くで音がする。
あぁ、そろそろ目を覚まさなくちゃいけない…
「私はアンタのためを思って…っ!」
あぁ、夢が醒める前に、
「うるさいなぁ」
いつの間にか握られた金属バットを女に向かって振り下ろす。
1発、2発、3発…
あぁ、夢が醒める前に、しっかりと殺しておかないと。
《親愛なる私へ》
そんな書き出しで始まる手紙。
5日前から届くこの手紙の正体を知ったのは、昨日の事だった。
「自分からの手紙?」
「都市伝説みたいなものだよ。2月10日から17日の1週間だけ、誰かの未来と過去が交差して、手紙でやり取りが出来るようになるの。」
「やり取りができるって、具体的には?」
「具体的には分からないけど、いつの間にか手紙が届いてるんだって。で、自分も手紙を書いて置いておくといつの間にかそれが消えてて…みたいな?」
親友の話を聞いて、確かに、と思った。
確かに私に届いた手紙もいつの間にかポツリと置かれていた。消印もなく、宛先もない、真っ白なただの封筒に入って。
《親愛なる私へ
この手紙が届いているだろうか。
もし届いていたら返事をください》
2月10日。私は返事を書かなかった。
《親愛なる私へ
書いた手紙が私の部屋から消えてるから、多分届いていると思う。
もし届いてたら返事をください》
2月11日。私は返事を書かなかった。
《親愛なる私へ
未来の話とか気にならない?
私は25歳のアナタで、どんな大人になるとか、そういうの。
気になったら返事をください》
2月12日。私は返事を書かなかった。
《親愛なる私へ
未来を教えるのはズルい気がするし、それを餌に返事をもらおうとしてた私がズルい気がしました。ごめんなさい。
良ければ返事をください》
2月13日。私は返事を書かなかった。
《親愛なる私へ
今日のこっちはいい天気だよ。
体調はどう?私はめちゃくちゃ元気にしてるよ
調子良ければ返事をください》
2月14日。私は返事を書かなかった。
《親愛なる私へ
ご飯は食べてる?好き嫌いしないで沢山食べて沢山寝てる?
センセイの言うことを聞いて、いい子にしてる?
今日何食べたか教えて欲しいから返事をください》
《アナタは誰ですか?》
2月15日。私は返事を書いた。
《親愛なる私へ
お返事ありがとう!でも質問の意味が分からなかったな。
私は私だよ。
なんでそんなことを聞いたか教えて欲しいから返事をください》
《10年後。私は多分生きてないのに手紙が来るとは思えません。
アナタは誰ですか?》
2月16日。私は返事を書いた。
《親愛なる私へ
今日で最後の手紙になります。
この手紙にアナタが返事をすることは出来ないだろうから一方通行になってしまうね。
10年後、アナタは生きてます。病気は治って、みんなと楽しく学校に通って、卒業して、社会に出て、素敵な恋人も作って、楽しく幸せに過ごします。
アナタの病気は治ります。だから諦めないでください。
返事はいりません》
2月17日。最後の手紙が届いた。
《親愛なる親友へ
返事が要らないと言われましたが、返事を書きました。
ずっと私のフリをして手紙を送り続けてくれてありがとう。
辛い検査や苦しい病気で生きることを諦めていた私を元気づけるために、手紙を届けてくれたこと、本当に感謝しています。
アナタが話してくれた未来を信じて、私は今日も生きようと思います。
またいつかの未来で会いましょう》
2月17日。最期の手紙を書いた。