いつの間にか、空がだいぶ近くなったような気がする。駅前のカフェで抹茶フラペチーノをかき混ぜながら、彼女はそう思った。
窓の外を、たくさんの人が行き交う。彼女と同じくらいの歳の女性は、ハンディファンの風を顔に当ててスマホを触っている。少し猫背のサラリーマンは、タオルで汗を拭きながら電話をしている。彼女は金色に染めた髪の枝毛を気にしながら、フラペチーノを一口飲んだ。
真っ青な夏の空を見ていると、彼女はいつも透き通ったラムネを思い出す。市民プールの帰り道、いつも祖母に買ってもらっていたラムネ。炭酸のくっついたビー玉をじっと眺めては、祖母に早く飲みなと催促された。
思い出の中のラムネは、ちょうど今日みたいに、夏の日の空に相応しい青色をしていた。しかし、今の彼女は、あれが着色料の人工的な色だったと理解している。
「ラムネはねえ、広い海と大きな空からできてるんだよ」
昔、ビー玉を眺めていた彼女に、よく祖母が言っていた言葉。幼かった彼女はその言葉を信じていた。
祖母と並んで歩く帰り道、幼い彼女がラムネのビンを掲げた空は、きっと今よりも少し高かったはずだ。
消毒液のツンとした匂いが鼻を突く。真っ白なカーテンが風に吹かれ、パタパタと揺らめいている。窓辺には、小さな花瓶にそっと生けられた可愛い花が、一輪。
清潔そうなベッドに、おばあさんが一人横たわっていた。私はおばあさんをじっと見下ろす。真っ黒で薄汚れた服の私は、我ながら病院にいるべきでないと思う。
「綺麗でしょう、そのお花」
おばあさんが言った。たくさん管が繋がれたその体を、私の方によっこらせと向ける。
「病院にいた女の子がね、くれたの」
おばあさんは目を細め、窓辺のその花を愛おしそうに見る。私は目をまあるくして、言った。
「私が見えるの」
「ええ、ええ、見えますよ」
おばあさんは私の目を見て、にこっと笑った。その瞬間、私はなぜかひどく泣きたくなって、このおばあさんの前から逃げ出したくなってしまった。おばあさんはそんな私の心を見透かすように、ただにこにこと笑っていた。