ある朝の事だ。
私は言いようもない寝苦しさにベッドから這い出た後にちょっとした立ち眩みを感じて、朦朧とした頭で温度計を取り出し、熱を測った。
温度計を挟んでいる脇にジリジリと汗が湧き出るのを我慢して、待つ事数十秒。
37.3━━
温度計は微熱を示していた。
さてどうしたものか。
熱は大したことはない。大方身体を冷やして風邪でも少しこじらせたぐらいのモノだ。
しかし身体の方はまさかこの身体で登校しよう等と考えている訳ではあるまいな、と言わんばかりの凄まじい倦怠感でプレッシャーを掛けてくる。
ソンナに辛がって、大袈裟なんだよと、そう身体に言い聞かせても一向に良くならない。
ソレ処か追い打ちを掛ける如く頭痛までもし始める始末だ。
━━別に良いじゃないか。アンナ所に行ってどうする積もりだ?別に学業にそれ程打ち込む訳でもなし、まさか居場所を求めて?……アッハッハ、トンダ笑い話だ……
……迷った末に、学校に休むと連絡を入れる事にした。
家の固定電話の受話器を取り、番号を打つ。
ピッポッ……パッ……
別に仮病という事はない。体調を崩しているのは本当の事だ。
だが学校を休むとなると無意識に何か『罪』の意識が脳裏を掠める。
小学生の頃。
私は一度仮病で休もうとした。
理由は他愛ない、ゲームをしたかったとか、読みかけの本を読みたかっただとか、ソンナ物だ。
実体はない体調不良をでっち上げ、そしてその杜撰な計画は母の超常的な(今考えれば分かって当然だったが、当時は本当に何故バレたのか分からなかった)眼に依ってすぐさま看破されてしまった。
「嘘ついて学校休もうとするなんて!ロクデナシだよアンタは!学校行くのはアンタにとっての仕事なんだよ!責任があるんだよ!」
好きで行ってる訳じゃ無いだとか、じゃあ行くの辞めるかだとか、ソレは厭だとか。
ソンナやり取りをして、結局は学校に行き、帰った後で謝った。
マトモな反論は出来なかった。嘘をつくのは悪いことだと思っていたし、学校に通わないと将来どうなるか分からず、行かないというのは不安だった。
何よりその頃は学校も、人も嫌いでは無かった。
何も考えずに上手く行っていた。
幸運で、幸福だった。
それからは、仮病を訴えようと考えた事はない。
……人を嫌いになって、必然的に学校も嫌いになった今まで。
学校を休む事は悪い事。間違っている事。
そう意識に刷り込まれている。
母には感謝している。
母のおかげで、私は人生に必要不可欠なモラルを身につけられた。私なぞ母が居なければ本当のロクデナシに成り下がっていてもおかしくない。
『━━◯◯高校です』
「あ、◯年◯組━━』
いや、もうロクデナシなのかも知れない。
『要件をどうぞ』
「熱が出ていて━━その……」
途端、眼からツラーッと何かが溢れた。
『あの、どうかしましたか?』
「いや、その、微熱なんですけど━━三十七度なんですけど━━」
母は今の私をどう思うだろう。
どうしようもないプライドと、臓腑にへばりついた劣等感ばかり成長した私を。
人と波長が合わず馴染めなかった私を。
人と関わることが厭で学校に行かない私を。
『あの、本当に━━』
受話器を耳から離して、嗚咽を抑え込む。
今の私はどうしようもなくロクデナシだ。
だってのに、私はもうすぐ大人になって……
私を叱ってくれる人は、居なくなる。
過去、ヤツは私に闘えと言った。
民衆も共に私に闘えと囃し立てた。
私にとって闘いは、争いは、戦争は、暴力は正義だった。居場所だったんだ。
だけど今彼らは闘いは悪だと言う。争いは、戦争は悪だと断ずる。
私を人殺しと蔑み、過去の汚点として忘れ去ろうとする。
世界は私を捨てようとする。必要が無くなり、邪魔になった私を。
……許せない。私はもう其処じゃ生きていけない。
私が、私達が生きていけるのは戦場だけだ。そうさせたのはお前らなのに!
私の栄光は、青春は戦争だ!
決して忘れさせはしない。
時間よ止まれ。
永遠に、人類の闘いは終わらせない。
テーマ:時間よ止まれ
夢はいつになっても棄てられる気がしない。
やりたい事、就きたい仕事なんかのありふれたモノからもっと突拍子もないモノ……例えば、エイリアンに会う……トカ?(第九地区の奴、チョット怖いが物体Xにも、火炎放射器持って)
夢は生きているとねずみ算式に増えていくので全力で叶えていってももう既に全て叶えられる気がしない。
だから若年ながら全てを叶える事を諦めていた。
然し……
人生でやりたい事を出来る時間はあまりにも少ない。
コレは最近ハマったアニメに言われた。
本当に私に面と向かって言われた気がした。
この台詞自体はありきたりかも知れないが、のんべんだらりとして夢ばかり増やしてきた私にとんでも無くブッ刺さったのだ。
夢はいつになっても棄てられない。
凄く小さな事でもソレは何も違わないが、毎日の喧騒に流されていつの間にか零れ落ちていく。そうしていつの間にか無くした事になっている。そして独りでに後悔する。
ソンナ事を繰り返している場合では無い。
サア今、直ちに立ち上がり、行動するのだ。
死ぬ時の後悔は多分少ない方が良い。
お題:捨てられないもの
瞼にチカチカと、途切れ途切れに光が当たる。
一体ナンダ……?
ゆっくりと目を開けて、少し気怠げな半身を起こすと、カーテンの細やかな隙間から光の線がスゥーッと伸びているのが見えた。
寝る時、しっかりとカーテンを閉めていなかったのかと合点がいった。
時計を見れば未だ午前五時。起きるには何時もよりも早い時間だ……
と言っても一時間しか変わらない。ナント無く残った眠気も、一層深い倦怠感もプラシーボ効果だとかソンナ所謂『気の所為』に違いない。
フゥッと大きく息を吐き出して起き上がり、勢いよくカーテンを開け放った。
階段を降りて、右手に行けばキッチンがある。
トースターの電源を入れ、傍らの冷蔵庫から食パンを出して焼く。
何時もより一時間早いな……
冷蔵庫から玉子を出して、更にキッチンの傍らに半ば捨て置いてあったフライパンも持ってきた。
スクランブルエッグを作ってトーストに載せればきっととても美味しいだろうなァ……
料理をするのは久しぶりだ。時間がかかる。 今の今までソンナ理由でフライパンを握るのを躊躇ってきた。
然し一時間もあれば、どれだけ手間取ろうがスクランブルエッグくらいは作れるだろう。
コンナ事で、少し気分を高揚させながら先ずは玉子を割ろうと、鷲掴みにして机を叩く。
コツコツ……コツコツ……
机を叩いている方の面を見る。白くツルツルとした曲面には何の変化もない。
もう少し強く叩く。見る。変化はない。
おかしい、こんなにも玉子を割るというのは難しい事だったか……?
ツラーッと汗が額を流れていった。
このままでは埒が明かない。腕を恐々振り上げて……
パギャッ!
ああ!割れた!イヤ罅が入った!
辺りを見回す。コレを何処に……
フライパン。埃だらけ。ああ私の馬鹿が。何故先に洗っておかなかった……
急いで食器棚から器を出してそこにパカっと玉子を落とした。
辺りには卵から出た白身やら卵黄やらが飛び散っている。無茶苦茶だ。
私は気を落としながらフライパンを洗い始めた。
鈍臭いのだから何時もと違う事なんてしなければ良かったのだ。
分かっていた事だ。アドリブは上手くいかない。
昔からそうなのだ。だからいつしか、予定通りを信条にして生きてきた。
今日一時間早く起きてしまったことは不幸な事だったのだ。
然し、もうソンナ自分に嫌気が差している。
何時も保守派、融通が利かず、マニュアル通りにしか動かず、スペック以上の事は絶対に出来ない自分自身に。
だから時折してしまう。挑戦を、予定外の行動を。
全く悪癖だ。
スクランブルエッグは出来上がった。然し殻が入っているし、フライパンには卵黄がいっぱい張り付いていた。
ソレを冷えたパンに盛り付けて、ケチャップをかけて、齧る。
……そうすると存外に美味い。
落ちた気分が戻ってくるのを感じる。
「コレは……成功でいいか」
私はどうでもいい事で気分を落とし過ぎる事こそ私の悪癖であると断じて、コーヒーを飲んだ。
テーマ:心の健康