暗闇の中で小さく光って振動する携帯。
きっとあの子からの連絡。
いつもならテーブルを吹き飛ばしてでも確認しに行くけど、今回のこの連絡では行かない。
行きたくない。
多分、返事は否だから。
外は朝からずっと雨。
迎えに行ってあげないと、あの子が濡れてしまう。
二人分の傘を持ってドアを開ける。
ねえ、知ってる?
今日ね、自殺するのには最適な日なんだよ。
血も、どろどろな汚いところも、全部雨が洗い流してくれるから。
だからさ、心中したいって言って。
それだけで僕は安心できるから。
「……」
何も言わずに顔を背けて歩き出した。
怒られるかな。拗ねてしまうかな。
でも、今日だけは来て欲しくなかった。
こんな惨めな自分を見て欲しくないから。
彼に振られてしまった。
お金には厳しくて、一緒に外食に行くことなんてなかったけど、今日は初めて彼の方から誘ってくれて。
そろそろ四年目だったから、プロポーズかな、なんて浮かれてしまっていた。
浮気していた、と。
ガツン、と殴られた気がした。
最低なこと言ってるくせに、優雅にワイングラスを揺らす姿は、贔屓目なしに見蕩れるほど綺麗で。
ああ、私もその子も、その姿にまんまと嵌められたんだなって。
悲しいのに、悔しいのに、涙は出なかった。
「ばいばい」
一瞬のうちにずぶ濡れになった背を見送って、拒まれた傘に視線を落とした。
あの子は今も悲しんでる。
僕が救ってあげなくちゃ。安心させてあげなくちゃ。
そう思っていても、なぜか動けない。
いや、動く気が起きない。
僕のあの子に対する感情はこんなものだったのか、と、少し絶望した。
そう言えば、連絡、来てたんだっけ。
さっきは怖くて見れなかったけど、多分今なら見ることが出来る。そんな小さな違いにも心が痛む。
ワガママだな、自分に笑ってみた。
『迎えに来ないで』
ほら、当たり。
僕、すごいでしょ?
@寝華
#1件のLINE
「……?」
目からとめどなく流れていく液体。
ソレは手にこぼれ落ちてきて、やっと認識できた。
「…??」
分からない。
どうしてこうなっているのか。
どうして泣いているのか。
周りを見回して探してみても、この部屋が暗すぎてヒントになるようなものを見つけることが出来ない。
………きっと、
「?」
そう言えば、隣にいたはずのあの人はどこに行ったのだろう。子供体温で、冬でもあったかいあの人の安心出来る温もりが無い。
先に起きてリビングにでも行ったのかな。
「…あ、起きたんだ。おはよ」
ガチャ、とドアが開く音がして、あの人の声が聞こえた。
でも姿は見えない。
返事を返そうと口を開いてみても、かろうじて出たのは空気だけ。
「あれ、さっき止めたはずなんだけど…ごめん、痛いよね。今止血するからね。」
しけつ。シケツ。止血。
大丈夫だよ、だってどこも痛くないもん。
伝えようとしても、やっぱり声になることはなかった。
「顔、血だらけになっちゃったね。すぐ洗ってあげるから。」
涙じゃないよ
遠回しにそう言われた気がした。
うん、大丈夫だよ、分かってる。
俺のこと、全部分かるんだね。
『最後に見たいのは、最後に話したいのは君だから』
ありがとう、うれしい。
@寝華
#朝、目が覚めると泣いていた
街の明かりに照らされて長く伸びる、ひとつの影。
「じゃ、またな。」
笑顔で手を振るソイツにつられて、俺も少し口角を上げる。
「…あ、そうだ」
また、と言って背を向けて歩き出したにも関わらず、ソイツはなぜかこちらに踵を返してきた。
俺の目の前で止まったかと思えば、急にしゃがみこむ。
「これ、お前好きだっただろ?わざわざ買ってきてやったんだから感謝しろよな」
ソイツは俺の足元に、夏限定のスイカ味の炭酸を置く。
普通に渡せばいいじゃん、とは言えない。
そんなこと出来るわけないから。
置かれたソレを拾おうとするが、まだこの視界に慣れることが出来なくて空を切る。
ただ、周りの空気には触れることが出来た。
夏とはいえ今は日差しが無いおかげか、キンキンに冷えているようだ。
ケチなやつだったから今まで奢ってくれることなんかなくて。まさか今になって買ってきてくれるとは思わなかったけど、でも、
「……俺、もう飲めないからさ、別に他のでも良かったんだけど。」
そんなわざとらしい文句も、もうお前には聞こえやしないから。
@寝華
#街の明かり