好雪片片 不落別處
雪が降りしきる夜空とかを見上げたことがありますか?
幸せとは?
価値観なので相対的なもの、また不満の投影なので際限もないもの。
だから痛み苦しみがなく、近い人たちに大きな問題がなければ、それでも十分に幸福なんだと思う。
実際に、もっと不幸な存在からすれば、どえらく幸福に見えると思うし、それは相対的なものなので。
また、お金持ちが病気かかれば、こんなんならたとえ貧乏でも健康な方に代わりたいとか思うはず、不満の投影なので。
なので決定的に不幸じゃないこと。
「良いお年を」って、なかなか難しい言葉ですよね。
そもそも「お年」って「年」に「お」をつけるのが難しくて、年なんてモノですらなくて概念なのに、丁寧語の「お」つける。「相手の来年」なので丁寧に「お年」なのかもしれないけど、でも「今年はどんなお年でしたか」はかなり不自然だし、「来年はどんなお年にしたいですか」とはまず言わず「どんな年」だと思う。もちろん「日」や「月」には、「出張に行かれる「お日」はいつですか」とか「今月はいよいよ頑張る「お月」ですね」なんて絶対に言わない。これで外国の人に、「ニホンジン、どういう条件で「お」をつけますか?」とか訊かれたら、完全に文法の無法領域にあって説明できません。
だからか「お年」という表現自体も少なく、実は2パターンしか思い浮かばなくて、あとは「お年はおいくつですか」ぐらい。こちらはさらに、疑問詞の「いくつ」にまで「お」をつけてる。ほかの疑問詞では「お何処に」なんて言わないし、それでは「17歳です」みたいな回答に、「ああ、もう「お17歳」になられたんですね」とも絶対に言わない。
そういう意味では、「良いお年を」そのものも、これはもうこう言うしかなくて、「悪いお年を」と思う相手にも取りあえず「良いお年を」なんて言っとくかというと、そもそもそういう相手には「良いお年を」なんていう言葉が湧出してこないし、もちろん悪いお年をとは絶対に言えない、思ってるならむしろ戦略的に言わない。
でも、そういう相手にあえて「良いおと↓し↑を↓」みたいに言ってやろうという発想が出てくるのが、京都の町屋のヒト。(悠久の二千年の歴史の町の「街ガチャ」は、「偉大だった御先祖ガチャ」と同じで、たぶんいろいろたいへんなんですわな。)
ということで、曖昧さと違和感がにじみ出た「都言葉風」の丁寧感にあふれてるけど、
「皆さま今年も良いお年を!」 (関東アクセント)
動画サイトのおすすめにけっこうな頻度で登場してきて、実際に面白いゲーム配信者さんに「笑顔の時間」さんという方がいて、改名して現在は「笑顔ニコ」、英語名では「Nico the Smile」になっています。
メジャーどころのゲームの配信なのですが、けっこう「○にゲー」がお好きのよう。
で、まず、なんといっても発想が頭おかしい(最上級の賛美) 。こんな発想はしない、できるとも到底思えないようなこと、たとえばゲーム内のアイテムを分解するとかを、いきなり冒頭で「〇〇したいんですよ」とか言いだして始める。しかも、プログラムの方をいじってそれを分解するんじゃなくて、爆弾を数発そことここに置いて...のようなアナログな壊し方で、しかも実際にそれでも分解できちゃう。
あとは、戦闘のセンスも良くて強い。本当にお好きそうで、楽しそうに嬉々として闘ってる。
あとは語り。とてもいい声で、しかも戦闘中もずっと喋ってる。流石なのは、ただずっとわめき騒いているわけではなくて、アクションのコツから登場キャラクターの位置付け、フロムゲーの歴史、そして「いや、それって〇〇が使った学術用語じゃん」みたいのも織り交ぜて、延々としゃべってる。そこにはさりげなく差別発言が入っていたり、「今回はまだ1回も死んでいない」などのお決まりの嘘も毎回のように繰り返すし、あとは何度も唐突に「お尻っ」(註:バックスタブのこと)とか叫んでる。けどそこには「あー」とか「なんというか」などのつなぎの無駄語彙が全くない。
問題は、これを撮影後に原稿読んでアフレコしてるわけじゃなくて、ゲームやりながら、コンマ秒で視覚処理と入力操作をしながら、リアルタイムでこの複数レイヤーの思考をシームレスに喋ってる。本当に局アナのスポーツ実況なんかより格段にグレードが高いし、プロ意識としても凄まじい。しかもこんな動画を、ほぼ毎日上げてる。
どこかでアナウンサー研修とか受けて、ボイトレとかスピーチトレーニングを受けた人なんじゃないかと思うくらいのプロ仕様。いやー、こいつ優秀な人だわ、と毎回思う。
一番の問題は、これほどの才能があるなら社会にリクルートされてなきゃ不自然で、少なくとも自分がテレビ局関係者なら絶対に自局に勧誘するし、ゲーム関連企業なら、製品開発のスーパーバイザーみたいな業務を委託したり、もしも入社するなら経営の一端にもなるとしか思えない。
この人を現実社会への関心につなぎ止められなかった環境は、罪深いと思う。
(まぁ、といっても他人とか社会とか歴史とかの中での意味もしくは物語、とかいう発想そのものが、個人の能力を組織が利益化しようとする資本主義的な装置だ、という考え方が最近流行り始めてるし、そんなの大きなお世話なので、今では個人にとって本当に大切なことを、好きなようにできることの方が実は優秀)
という感じで、毎回高密度にしゃべり続けて「お尻!」とか叫んでるこの動画なんだけど、そのままのテンションで終わることはなくて、見せ場が終わると短く全体を概観したり、しみじみ内省したりして、静かに終わる。
雨の中の涙のように。
鏡が凍てつくほど冷たいと感じる状況って、何だろう…
そもそも鏡って触らないな、汚れるし。
鏡が冷たいって感じる時… (続かないかも)
→ あった、あった。
道路の曲がり角にカーブミラーっていうのがありますよね。あれは円形の凸面鏡になってて、上縁は屋根みたいに庇になってる。
あそこに降り積もった雪が、昼間のうちに溶けかけて再び夜になると、庇から氷柱が下りるんですよ。
(完・全・勝・利)