一錠、一錠、ぷちぷちと丁寧に取り出し、
溶け出す前に胃に流し込む
その行為だけで気分が落ち着くのだから
人間とは複雑で簡単な生き物だ
同じ薬を大量摂取して亡くなった方のニュースが繰り返し報道されている
掌にある小さな爆弾を飲み込む日々を考える
いつになったら私はこの戦争を終わらせることができるのだろう
武器など望んだわけではないのに
もうこれなしでは生きていけないなんて
虚しさと絶望が爆弾には乗っている
欲にまみれている。
欲しいものは次々と浮かび、
欲しい体験を心が渇望する。
クレジットカードは真っ赤に塗り重なっていく。
何をすれば空虚が埋まるのか
誰がいればほしいものはなにもないと言い切れるのか
何かを全て無くした時にそれはやってくるのか
それとも満たされて溢れかえった時にくるのか
好奇心が枯れ切るのを今はただ待つしかないのか
今、後味は苦しみだけ。
何をしよう何をした何が出来ていない
23時を過ぎる頃、脚はむず痒く、波のように押し寄せる不安が私を苦しめる
今日にさよならを言う前にやるべきことがたくさんあったはずなのに
一つも思い浮かばない
頭に残るのは後悔と誰に対してかもわからない懺悔の念
残酷に数字を刻んでいくデジタル時計と刺激の強い明かりが体を蝕む
つらいつらいつらい
きてしまうきてしまうきてしまう
明日が、きてしまう
ベランダの外をちらりと覗き見ると、晴天の向こうにどす黒い雲が顔を出していた。
「一雨きそうだね」
「うーん」
麦茶を二つテーブルに置く。
彼は難しそうな顔をしながらスマホの画面を見て生返事だ。
つまらなくなって、なんとなく棚のレコードを漁る。
「うん、降るみたい。一駅先まで雨雲きてる」
「なんだ雨雲レーダー見てたのか」
難しい顔して何を見てたかと思ったら、とレコードを見る手を止めて微かに笑う。彼はまだスマホと一緒に天気予報士ごっこを続けていた。
微妙なすれ違いの隙間に、大粒の雨が一滴、落ちる音がした。
「ねぇ、何か聞いていい?」
「いいよ、もちろん」
誤魔化すかのように、一枚のレコードを引き抜く。灰色の水彩絵の具が水溜りを縁取ったようなジャケットだった。
ふと、違和感に気づく。引き抜いたはずのレコードが、まだ棚の中にある。手元にもある。
言うか迷った。もう雨は本格的に降り出している。それでも構わず、未だに彼は雨雲の行先に夢中だ。
「これ、二枚あるよ」
舌は勝手に言葉を紡いでいた。結末のわかりきったことを確かめる愚かなこの体。言わずにはいられなかったのか、まるで自傷行為ではないか、と自分に呆れながら。
ここで彼は初めて、こちらの顔を見た。
「あー、うん。そう」
「手放さないの?」
彼はスマホに目を落とした。
「……うん」
間が、語っていた。
捨てないの?とは言えなかった。
「そうなんだ」
知っている。二枚目の本当の持ち主も、二枚目が彼の過去そのものだということも。
「いい曲だね」
彼がその過去を今でも大事にこうして部屋に置いていることも。
物わかりよく振る舞う自分が、憎らしかった。
「でしょ」
どこか曇った声が響く。私は穏やかに揺れる針だけを見つめる。
悲しげなピアノの旋律が、豪雨と共に流れていく。
私はいつまで、彼の捨てられないものを抱えていくのだろう。
畳みかけるように雨は強くなり、ストリングスの音色がそれを追って行った。
炎天下、アスファルトから更に熱がのぼっていく。
下から下からと四角い棒付きバニラアイスは溶けていくが、君の舌は簡単には負けない。暑さと重力に抵抗し、追いついてみせる。
そんな君を歩きながら横目に見ていたから、自分のアイスキャンディーはぼとっと音を立てて地面へと溶けていった。
「落ちてんじゃん」
「うん」
お世辞にも上品とは言えない笑い声が空へのぼっていく。
少し高い段差の上を歩く君が太陽と重なって、
「もう一本食べる?」
と悪戯っぽい笑顔がぼやけた。
「買わなきゃ」
「奢るよ」
「いいの?」
「そのかわり君は私の買ってね」
奢るって意味が夏に消えかけてまた笑いが弾けた時、この瞬間を誇らしげに思うのだ。
こんなに煌めいた夏は二度とこないかもしれないと。