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ベランダの外をちらりと覗き見ると、晴天の向こうにどす黒い雲が顔を出していた。

「一雨きそうだね」
「うーん」

麦茶を二つテーブルに置く。
彼は難しそうな顔をしながらスマホの画面を見て生返事だ。
つまらなくなって、なんとなく棚のレコードを漁る。

「うん、降るみたい。一駅先まで雨雲きてる」
「なんだ雨雲レーダー見てたのか」

難しい顔して何を見てたかと思ったら、とレコードを見る手を止めて微かに笑う。彼はまだスマホと一緒に天気予報士ごっこを続けていた。

微妙なすれ違いの隙間に、大粒の雨が一滴、落ちる音がした。

「ねぇ、何か聞いていい?」
「いいよ、もちろん」

誤魔化すかのように、一枚のレコードを引き抜く。灰色の水彩絵の具が水溜りを縁取ったようなジャケットだった。
ふと、違和感に気づく。引き抜いたはずのレコードが、まだ棚の中にある。手元にもある。

言うか迷った。もう雨は本格的に降り出している。それでも構わず、未だに彼は雨雲の行先に夢中だ。

「これ、二枚あるよ」

舌は勝手に言葉を紡いでいた。結末のわかりきったことを確かめる愚かなこの体。言わずにはいられなかったのか、まるで自傷行為ではないか、と自分に呆れながら。

ここで彼は初めて、こちらの顔を見た。

「あー、うん。そう」
「手放さないの?」

彼はスマホに目を落とした。

「……うん」

間が、語っていた。
捨てないの?とは言えなかった。

「そうなんだ」

知っている。二枚目の本当の持ち主も、二枚目が彼の過去そのものだということも。

「いい曲だね」

彼がその過去を今でも大事にこうして部屋に置いていることも。
物わかりよく振る舞う自分が、憎らしかった。

「でしょ」

どこか曇った声が響く。私は穏やかに揺れる針だけを見つめる。
悲しげなピアノの旋律が、豪雨と共に流れていく。

私はいつまで、彼の捨てられないものを抱えていくのだろう。
畳みかけるように雨は強くなり、ストリングスの音色がそれを追って行った。

8/17/2022, 11:43:15 AM