「あ」
「なに」
「やっぱ先行ってて」
「え、忘れもの?」
「うん!夏の忘れものを探しに!」
うわだりーって言ったらいつもと同じように笑ってた。あの時が最後だった。
こっちも、目の前にいるのに君を探しにとか言ってみたらよかったかもな。
午後5時の鐘が、町の上空で鳴り響いた。
仕事帰り、いつもの商店街歩く。アーケードの蛍光灯はまだ点いておらず、夕陽に照らされたシャッターが錆びて光っていた。
後ろから知らない子どもたちが走って追い抜いていった。ランドセルを背負い、皆汗だくの顔で騒ぎながら。いいな、お気楽で。今日の仕事の嫌な記憶がよみがえり憂鬱になる。
ふと思い出す、同じようにここを駆け抜けた記憶がある。
何十年前の8月31日午後5時。夏休みの最後の日。宿題をやり残したまま、友人たちと駄菓子屋に走った。あんなもん知らねーと強がっていたものの、内心焦っていた。先生に怒られるだろうか、親にバレるだろうか。仲間だと思っていた友人は皆ちゃっかり終わらせていた。同じように毎日遊んでいたはずなのに、勝手に裏切られた気分だった。
そう、あの時もまさに同じように、スーツを着た仕事帰りの風貌のサラリーマンとすれ違った。その時何気なく思ったんだ。いいよな大人は大量の宿題とかなくてよって。勉強しなくていいし決められたお小遣いも門限も無くていいよなって思ったんだ。
じゃあ今も思われたかもな。あの子達の誰かに。俺も何も知らないくせに悪かった。お互い頑張ろうな。
もう小さくなった背中に向かってそう思った。あと昔の自分にも。
どこまでも続く色とりどりなお花畑。空は気持ちの良い真っ青、毎日快晴。雨なんて降ったことないのにたまに虹がかかる。そんな世界でただふたり。何度も同じ話をして、何度も同じことで笑って、同じご飯を食べて、同じ歌を歌う。毎日、ずっと。幸せ、夢みたいって君は言う。そうだね、夢みたいだね。まるでね。
心の中の風景はずっと崖っぷち。足元はどのみち崩れ落ちる。このままここにいるのが一番まずい。
「あーうん。事情が変わってね。」
カチャリと銃口が頭蓋骨を向く。
それでもまだ、逃げる気力も反抗する勇気もない。
声にならない声をかき消すように、パンと銃声が響く。
もう何も思えなくなってしまった。
どうしようにもここを動けない。
人間のメンタルの強さの違いってなんでしょうね。強いほうが良いようで、弱いほうが逆に有利みたいなところあるかもしれませんね。
手間暇かけないと咲かない花と、呼んでもいないのにぐんぐん育つ雑草の違いみたいに。