目覚めたつもりだったが、まだ夢の中らしい。
見たこともないような生物が、目の前に立っていた。
首が異様に長く、手足は大きく、両の目が赤く輝いている。
バケモノ…という言葉が頭に浮かんだが、それを口にする前に、頭の中に彼らの声が響く。
「オチツイテクダサイ。ワタシタチハ、アナタノテキデハアリマセン」
テレパシーってやつか。これは知的生命体だぞ。
変なこと言わなくて良かった。
「バケモノデハアリマセン。アナタカラミタラ、イセイジンニナリマス」
うわ、そーか、テレパシーなら、喋らなくても伝わっちゃうんだ。
「キニシナイデクダサイ。コンナニミタメガチガイマスカラネ。チョットマッテクダサイ。イマ、ゲンゴヲチューニングシマス」
言語をチューニング?どゆこと?
…とか思ってたら、突然、
「これでどうでしょう?聞き取りやすくなりましたか?」
流暢な日本語で話し始めた。音声として聞こえる。
「こちらの方が話しやすいでしょう。こうして話してみると、綺麗な言語ですね。日本語、でしたっけ?」
「あ…ありがとうございます。ところで、私は何故ここに?まったく覚えてなくて…」
夢だとは分かっていても、まあそれっぽいことを伝える。
「そうですか。無理もない。ここは私達の宇宙船内です。私達は、あなたを捕獲しました」
「捕獲…それは、アブダクションってやつ?」
「あ、違います。捕獲じゃなくて、保護です。日本語難しいですね」
外国人みたいなことを言う。
「保護って…こんなとこに連れて来られたら、これは誘拐みたいなもんじゃないですか。まあ、夢だからどうでもいいんですが」
「夢?どーゆーことです?」
「あ、いえ、何でもないです。ところで、この船はどこに向かってるんです?」
「私達の星、タイオニアです」
「え、地球には帰してもらえない流れですか?」
「帰れませんね」
「やっぱり誘拐じゃないですか。暴れちゃおうかな。どーせ夢だし。この石で窓ガラス割っちゃいますよ」
「やめてクダサイ。それは石ではアリマセン。星のかけらデス」
焦っているのか、言葉が乱れてきた。やっぱり、夢の中なら主導権は自分にあるようだ。
「星のかけら?隕石ってやつ?それは高く売れそうだな。なおさら地球に帰りたくなってきた。さあ、船を方向転換してくれ。地球はどこなんだ?」
「…地球は今、あなたの手の中にアリマス」
「えっ…?」
俺はホントに保護されたのか?
捕獲ではなく…それにしても、覚めない夢だな…。
世界の至るところで、電話が鳴り響く。
誰かが誰かを必要としてる。
Ring Ring ...
Ring Ring ...
今日の空模様は、晴れのち曇り、ところにより、弾や矢羽の雨あられ。
世界中に飛び交う電波に愛を乗せ、あなたのもとで鳴り響け Calling.
様々な想いが、この空を横切ってゆく。
届かない想い。
伝わらない気持ち。
Ring Ring ... 鳴らし続けるよ。
あなたは無事でいますか。
幸せな朝を迎えましたか。
この世界を愛せますか。
今日の空は何色ですか。
いつの日か、あなたと笑って話せるその日まで。
鈍色の空を渡って、この想いが届くその日まで。
Ring Ring ...
Ring Ring ...
あなたのもとで鳴り響く Calling.
世界が一途に破滅の道を進んでも、張り巡らされたネットワークがたくさんの人々の希望を届ける限り、この世界を愛し続けるよ。
未来に期待してるよ。
Ring Ring ...
Ring Ring ...
今日もあなたは音信不通…だけど。
その風が吹くとき、きっと誰かが君を応援してる。
だから今だけは、不安を忘れて一歩踏み出そう。
その一歩は宙を舞うように大きなものとなり、
必ず目標へと近づく。
途中で失敗したって、その風は吹き続けるんだ。
君を想う人がいる限り。
追い風に乗って、この海へ漕ぎ出そう。
振り返れば向かい風。
だけどきっとそれは優しく温かい。
追い風に乗って、この空へ飛び立とう。
うまく飛べなくたって、
受け止めてくれる誰かがきっとそこにいるから。
追い風はきっと、君の背中を優しく押してくれる。
だから今日も、風に吹かれて大空を見上げよう。
青い空に流れゆく白い雲を追いかけて、
次の一歩を踏み出すために。
あの頃、君と一緒に映画館で観た映画を、家のリビングで、娘達と観る。
君とは違う人と結婚して、子供が生まれて、家族が出来た。
今頃どうしてるかな。この映画のこと、覚えてるかな。
エンディングは悲しい展開。
ハッピーエンドが良かったのに。
映画楽しかったね、と話したかったのに。
子供達も食い入るように見てた、エンディングシーン。
これはこれで、心に残る映画になったのかな。
何故だか少しだけ、心がじわりと滲んでゆく。
君と観た時は、封切りされたばかりの作品だったけど、もはや色褪せて、たくさんの作品に埋もれていた。
思い出も埋もれてゆく。
その中から時折、引っ張り出しては、あの頃とは違う暮らしの中で紐解いてゆく。
君と一緒に過ごした時代。
もう還らない、遠い存在。
ハッピーエンドにはならなくて、悲しい展開を迎えたけど、今はこうしてこのリビングで、感動を共有しながら過ごせる家族がいる。
そんな、一人想い。
エンドロールが流れるスクリーンの向こうに、確かにあの頃の自分がいた。
君と一緒にシートに並んで。
幸せだったんだと、思う。
「悲しかったけど、イイ映画だったね」
娘達が感想を言い合ってる。
そーだな。悲しいからって、ダメなわけじゃない。
それまでの過程や出来事が、積み重なって作品に彩りを与えてゆく。
「買い物にでも行こうか」
リビングで声を掛けると、三人のはしゃいだ声が返ってくる。
「いいねー、欲しかった本があるんだ」
「帰ってきたら、また違う映画、観る?」
「今日の夕飯、何がいい?今、冷蔵庫空っぽだよ」
この作品のエンディングは、幸せに包まれたまま、迎えられますように。
のんびりと、リビングでくつろぐ時間。
窓の外に広がる冬晴れの空は魅力的だが、騙されちゃいけない、外は凍えるような寒さだ。
あったかい部屋の中で、お気に入りの映画でも観よう。
明日から仕事始め。
当たり前の日々が戻ってくる。
いつもより長い休みがあって、ついに最後の日が訪れた。
もうちょっと、もうちょっとだけ、この至福の時間を味わいたい。
「夜はお鍋でいいかな」
妻からの提案。異論はないね。
「じゃあ、買い物に行きたいから車出してくれる?」
この寒空の下、出掛けるって?
「帰ってきたら、あったかいお鍋が食べられるよ」
それは…魅力的な交渉条件だけど、騙されちゃいけない、外は凍えるような寒さだよ。
「冬が寒いのは当たり前。だからお鍋が美味しいの」
言いくるめられて、車を出す。
正月も明けて、街はすでに当たり前を取り戻していた。
「人出が多いね。皆、寒くても動き始めてる」
「人間は、冬眠という素晴らしい習性を身に付けるべきだよ。無駄なエネルギーを使わずに、あったかいベッドの中でぬくぬくと…」
「そんな自堕落なものじゃないと思うよ。動物達の冬眠は」
冬晴れの空に騙されて、人は冬ごもりから抜け出してしまう。
あったかいリビングは心地良くて、そこで観る映画達は心に染みるのに、人は着膨れてこんな場所に集まってくる。
「明日から仕事か。また早朝の寒さに震えて出勤するんだな」
「当たり前の日常が始まるね。冬眠する動物達と違って、この季節も満喫するのが人間だからね」
「満喫?出来るの、そんなの」
「今夜はお鍋だよ」
夜、明日の仕事に備えて、数日振りのスーツや鞄の中身をチェックする。
食卓の上には、白い湯気を上げる鍋が鎮座して、その湯気の向こうに、妻の笑顔が揺れる。
鍋をつついて、はんぺんを一口。
「うまっ!」
冬晴れの空の下に出向いたおかげで、天晴れな夕食にありつくことが出来た。
これが、冬を満喫するということか。
…確かに、冬眠してたら味わえないな。