うん。僕はもうすぐ行くよ。
もうすぐ命が尽きるみたいだ。
頑張ったんだけど、もうダメみたいだ。
最近、食べても全部戻しちゃって、床を汚して迷惑かけたね。
悪気はなかったんだよ。
でも、自分では片付けることも出来なくて。
ごめんね。
あの日、君達家族に迎えられて、あの子がまだ赤ちゃんの頃から僕はいたんだよ。
いつの間にか、あの子が大きくなって、僕を抱っこしてくれるようになって、気付いたら僕はおじいちゃんだった。
こんなに小さいままなのに。
これ以上大きくならないのに。
僕と君達は、違う生き物だから。
一緒の布団で寝たり、玩具でじゃらしてもらったり、ずっと一緒に過ごしてきた。
楽しかったな。ごはん、美味しかったな。
ずっとずっとずっと、幸せだったな。
この家に貰われて、この家族の一員になれて、ホントに幸せだったな。
だから、泣かないで。笑顔で僕を見送って。
…そんなもん、無理に決まってるだろ。
あいつら、僕達が遊んでた場所、奪いやがってさ、あそこに隠してたお菓子とか漫画とか、全部自分達のもんにしやがった。
世界史の先生が、友達とは仲良く分け合って、喧嘩になる前にちゃんと話し合って、って言ってたのに、あいつら全然話聞いてくれないんだよ。
卑怯だよな、許せないよ。
何とか取り返さなきゃ。
泥玉作って投げたり、地面に爆竹仕掛けたり、校舎の二階から水風船落としたり。
いろいろやったけど、あいつらまったく立ち去ろうとしない。
そろそろ仕返しが怖いよな。
なんか、ヤバイ反撃手段を用意してるって。
もうこうなったら、あの手しかない。
校長先生が、絶対使っちゃダメって言ってたけど、もう仕方ない。
僕は、常備しているブリーフケースを開け、禍々しく赤いボタンを押す。
そのカバンの名前は「フットボール」
それは、僕達の世界にとって、長い冬の時代の始まりだった。
終わらせないで。
人生を紡ぐこと。
他愛ない日常を楽しむこと。
生まれてきたことに、感謝を覚えること。
すべてが生きてるからこそ出来ること。
いつかは終わるから、今はまだ、終わらせないで。
スマホの写真アプリの機能で、「この日の思い出」とかいって、何年も前の今日撮った写真が表示される。
何年も前の今日、自分はここににいたんだと思い出す。
その日々は続いていて、性懲りもなく今日がある。
いろんなことがあったけど、終わらせずに、終わらずに無事にここまで来た。
ただ、ありがとう。
毎日のニュースを見れば、これは奇跡なのかもしれないと気付くだろう。
望まずに、終わってしまう人達がいる。
始まったばかりなのに、終わってしまう子供達も。
やるせなくて、どうにも出来なくて、心が痛む。
痛んだところで、何も出来やしない。
だから、自分の今に感謝して、人生を紡ぎ、日常を楽しもうと思う。
どうせいつかは終わるけど、終わるまでは終わらせない。
そんな人生を送りたい。
道行く人達に、祈りを捧げる。
今日の仕事や恋愛、学校での友達関係や、他愛ないご近所付き合いまで、すべてにおいて思い悩むことなく、朗らかに過ごせますように、と。
大きなお世話には違いない。
だけど、そんな世界は素晴らしいと思うから。
自分がこの世界に生きるほんの一世紀にも満たない時間、不安や疑心暗鬼に包まれて日々を過ごすより、信頼、安心出来る人達に囲まれて暮らしたい。
だから、皆が幸せであって欲しい。
他人に害を与える行為を、その生活から消し去って欲しい。
海の向こうの人達も。そう、爱别人。
愛情を持って、他人を眺めてみよう。
きっとその誰もが、誰かの大切な人で、誰かを大切にしてるはず。
その実際は分からないけど、そう思い込むことで、自分もその誰かのうちの一人なんだと気付けると思う。
辛いことがあるなら、誰かに相談しよう。
話すだけでもいい。解決なんかしてくれなくても。
生きるしかないんなら、「生きたい」と思う世界であって欲しい。
自分を慰めるために、誰かが誰かを傷付けるような世の中じゃ、明日に希望が持てなくなってしまうから。
聖人君子みたいな絵空事じゃなくて、一人きりでは生きていけない人間だからこそ、そう願う。
誰もがそう願ったら、きっと世界は変わるはず。
だから私は今日も、道行く人達に、祈りを捧げる。
「すみません、道を尋ねたいんですが」
「ああ、いいですよ。どちらまで?」
「ヤマゾエさんのお宅、分かります?」
「ヤマゾエ…ああ、あの丘の上の。あそこなら分かりやすいですよ。ほら、ちょっとここからも見えてる」
「あれですか。すごい豪邸だな」
「お知り合いではないんですか?セールスとか?教えちゃマズかったかな」
「いや、そんなんじゃないです。ちょっとあの家のご主人をね、始末するように頼まれまして」
「始末…?…え?」
「そういう依頼があるんですよ。その依頼を受ける仕事もね」
「依頼って…またまた、人を担ごうってんですか?」
「あなたを担いでどーなるってんですか。あなたがターゲットならともかく」
「ターゲット…」
「それでは、ごきげんよう。くれぐれも、私のことは他言しないでくださいね。自分のために仕事をしたくはないですからね」
あくまでも冷静なその男は、私に背を向けて去っていった。
私は立ち尽くす。夕暮れが迫る。
あれから一週間が経つが、近所で殺人事件があったというような話は聞かない。
そりゃ、そーだよな。やっぱり担がれたのか。
でも、私はヤマゾエさんの家族構成も知らない。
奥さんと二人暮らしだったら?
その奥さんが…依頼人だったら?
バカなことを考えてしまう。
本当に、あんな仕事を引き受ける人間がいるのだろうか。
だとしたら、私はもう顔見知りだ。
もし、どこかで出会ったら、私が仕事を頼むことも出来るのだろうか。
最近、妻の浮気を知った。
もう何年も続けていたらしい。
いや、だからといって妻をどうしようとは考えていないが…。
私は、あの日からずっと、微熱が続いている。