Ryu

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9/27/2024, 1:28:15 PM

突然の夕立に、人気の消えた商店街の軒先で雨宿り。
通り雨だ。すぐ止むだろう。
先客がいた。うずくまる三毛猫。
恨めしそうに雨空を見上げている。

「お前も雨宿りか」
「にゃあ」
間違いなく、猫だ。
「次の取引先の客を待たせてんのに、こんなところで足止めだよ。びしょ濡れじゃマズイし、店もやってないから傘も買えない。まあ、俺が天気予報を確認して傘を持ってくりゃ良かった話だけど」
猫は黙ったまま、俺をじろりと睨む。
不敵な面構えだ。可愛くはない。
でも、愛嬌だけは…いや、ないか。

「お前も誰かに飼われてりゃ、こんなとこで雨宿りしなくてもよかったのにな。お互い、不憫な境遇だよな」
「にゃー」
「取引先のおっさんが嫌なヤツでさ、完全に人の足元を見てる。毎回ネチネチとこっちの腹探られてさ、まったく商談はまとまらない。今日も遅刻だし、また嫌味言われるよ、きっと」
「にゃーにゃ」
「お前みたいに自由気ままもいいけど、明日の飯にも困るようじゃたまらんしな。人間は働かないと」
「にゃーにゃにゃーにゃにゃ」
「お前…さっきから返事してないか?…気のせいだよな」
「にゃ」
雨が上がりそうだ。やっぱり通り雨だったらしい。

「さて、客先のオヤジがキレる前に顔を出すか。じゃあな、お前も達者でな」
「ほっとけ」
「えっ?」
「にゃあ」
「おいおい、お前…」

猫はのそのそと起き上がり、こちらに尻尾を向けて去ってゆく。
その両足の間から、タマタマがチラチラと見えていた。
「え?三毛猫の…オス?」
「お前も頑張れよ」
「え?…えぇ?ちょっと待って…」
「ま、俺は安泰だけどな」
「いや、待てって。どこ行くんだよ」

猫は走り出し、商店街の裏の、今まで見たこともないような豪邸に吸い込まれていった。

「三毛猫のオスってかなり希少な…てゆーか、あいつ、喋ったぞ。三毛猫のオスって喋るんだっけ?だから希少なのか?」
頭が混乱してくる。
「ま、まあ、いいや。仕事しよ」
雨は上がり、雲の切れ間から差し込んだ陽光が水溜りに煌めいている。
ネクタイを締め直して、軒先を出る俺の耳に、
「俺に会えたから、お前にも運が回ってくるよ」
なんて都合のイイ声が聞こえたような…気がした。

9/26/2024, 11:00:04 AM

やっと涼しくなってきた。
一番辛い季節を乗り越えた達成感。
さて、今年は秋を堪能できるだろうか。
紅葉、秋刀魚に秋桜。
おっさんくさい景色や味覚だと今だに思っているが、綺麗なもんは綺麗で、美味いもんは美味い。
虫の声も落ち着く音色に変わって、なんか世界が少し、大人になったような気がする。

でも、子供達も元気に運動会の季節。
熱中症で倒れる心配もほぼ無くなっただろう。
秋🍁はいいね。
秋恋に秋晴れに中秋の名月。
ギラギラがサラサラに変わる感じ。
アイスコーヒーはいつ頃までかな。
そろそろ、香り立つホットに変えるべきか。
この変化も、秋の楽しみだな。

ただ、これからは布団にくるまって、朝起きるのが辛くなる季節でもある。
凍えながら、まだ夜が明けきらず暗いうちに起きて、眠い目をこすりながら出勤。
こんな毎日が始まったら、きっとどこかで夏の日々が恋しくなるのかも。
まあ、そうなったとしても、朝は温かいホットコーヒーでリラックスして、大人な時間をゆったりと過ごしてから、清々しい朝の光を浴びて仕事に向かおう。

今だけは、短い秋の心地良さを楽しんで。

9/25/2024, 2:04:23 PM

職場の窓から見える景色はなかなかイイ。
東京タワーもスカイツリーも新宿都庁ビルも見える。
夜景も綺麗だし、残業しててもちょっとした慰めになる。
でも、ここにいたら、一番見たいものが見えない。

我が家だ。

もしも、再び震災が起きたら、その時はここにはいたくない。
高層ビルのリスクの問題もあるが、生命に関わる状況下において、一緒にいるべき相手はここにはいない。
この窓から見える景色の中に、数えきれないほどのたくさんの人達がいるはずだが、その誰もが、私の人生に関わりを持たない人。
顔も知らず、言葉を交わすこともなく、一生を終える人達。

職場には見知った顔がいくつもあるが、それでも、家族のように命がけで助け合える仲間はいないと思ってる。
それはそれで少し淋しい話だけど、それぞれの人達に、それぞれ守るべき存在が他にいるはずだ。
映画のようにカッコ良く、皆を助けるヒーローにはなれないな。
真っ先に家に帰って、家族一丸となって生き延びる策を練りたい。

窓から見える景色の話から遠ざかったが、この東京の風景、築き上げられた文明を感じるとともに、そのための努力が一瞬にして崩れ去る儚さも感じ取ってしまう。
こんなに高いところから見下ろしているからか、すべてがミニチュアの箱庭を見ているみたいだ。
ジャングルジムのてっぺんとは違う。
ゴジラや進撃の巨人、マシュマロマンなんかに踏み潰される様を思い描いて、悦に入…もとい、戦慄してしまう。

そしたらこの窓は、大スペクトル映画のスクリーンにもなり得るな。
…いや、破壊されるミニチュアセットのうちのひとつか。
いずれにせよ、仕事の合間に窓から見える景色を堪能しながら、そんな妄想に耽ってサボっていることが浮き彫りになった訳だ。
窓際に席を移されて、干されることのないように気をつけないとな。

9/24/2024, 11:22:40 AM

あなたへの、ありがとうの気持ち。
プレゼントにして渡す手もあるけど、毎日感謝してるから、お金がいくらあっても足りないよ。
言葉を使うのが一番イイと思うけど、改まって伝えるタイミングが難しいんだよな。
じゃあ、以心伝心。
自分にとって、一番楽な方法に落ち着いてしまう。

せめて、言葉を文字に変えて贈ろうか。
手紙だと仰々しいから、LINEで一言、「いつもありがとう」
きっと、何か良からぬことでも考えてるのかと訝しがられる。
それは、普段言ってないセリフだから。
以心伝心に頼ってばかりいるからだ。

形の無いものを形にして、相手に分かる形で伝えなきゃ。
伝えなきゃ伝わらない。
生きているうちに、どれだけの気持ちを伝えられたか選手権。
結果が出るのはまだ先の予定だけど、地区大会くらいはエントリーされないと。

審査員はあなた。ライバルもあなただ。

9/23/2024, 1:20:37 PM

ジャングルジムのてっぺんに登って、世界を見下ろした。
小学校の校庭は、あの頃の自分にとって世界のほとんどだった。
男女がいて、年の違う人達がいて、好きな子がいて、嫌いな子がいて、知らない子がいて、それですべてだった。
ジャングルジムのてっぺんに登れば、それらをすべて支配した気持ちになれた。

這い上がってくる奴らを蹴落とし、王様として君臨するのは気分が良かった。
玉座は渡さない。この休み時間の間だけでも。
ふんぞり返り、空を見上げる。
まだまだ、世界は広かった。
でも今は、この砦を守ることで精一杯だ。

突然バランスを崩し、足を滑らし、真っ逆さまに地面に落ちた。
いつかこんな時が来るとは分かっていたが、代償は思いのほか大きかった。
子供達の、そして先生の叫ぶ声。
しばらくして、遠くから救急車のサイレンが聞こえてくる。

僕の城へ、たくさんの大人達が踏み込んできた。
許しがたいが、助けて欲しい。
鉄棒で作られた迷路を抜けて、救世主は現れる。
ノートルダムの鐘が鳴り、民衆は大聖堂へと吸い込まれていき、僕は白馬の引く馬車に乗せられて、ナイチンゲールの待つ聖トーマス病院へ。
…ああ、少し頭を打ったようだ。

ジャングルジムの思い出。
小学生時代の、日常のひとコマ。
軽い脳震盪と、右膝の擦り傷。
一日病院で過ごして、次の日は何事もなかったように学校へ。

僕のあだ名は、「ジャングルの王様ジム」、略して「ジムキング」となっていた。
…うん、悪くない。

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