Ryu

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9/13/2024, 1:44:39 PM

深夜、配車アプリで職場にタクシーを呼んだ。
ものの数分で到着したタクシーのドアを開け乗り込む。
「どちらまで?」
運転手がバックミラー越しに訊いてきた。
「そうだな。あなたが東京で一番好きな場所へ連れて行ってくれないか?」
「…はい?」
「あるだろ?お気に入りの場所。そこへ行ってくれ」
「いや、でも…こんな時間じゃどこもやってませんよ」
「閉店があるようなお店とかじゃなくてさ、この時間でもいつものように過ごせるところ、ない?」
「そりゃないことはないですが…ホントにいいんですか?」
「ああ、向かってくれ」

到着したのは、青山墓地だった。
「ここが…お気に入り?」
「ええ、夜は特に人気がないんでね。車を止めて休憩するにはもってこいなんですよ」
「へえー、タクシー運転手ならでは、か」
「いや、他にも、好んで来てる人はいるみたいですよ。ほら、この緑に囲まれた暗がりの中の墓地と、その向こうに見える高層ビルの明かり。この不思議な調和が何だか心地良くてね」
「なるほど。永遠の眠りにつく場所と、眠らない街が連なっている訳だ。なのにぶつからず、調和し合っている」
「ええ、悪くないでしょ、夜のこんな場所も」
「うん。もう少し、あの遠くのビルで頑張ってみようかと思うよ」
「それは良かった。まだ若いんですから、この暗がりに埋もれちゃいけない。いずれ、落ち着ける日は必ず来るんですから」
そう言うと、運転手は私を見て微笑んだ。

職場で大きなミスをやらかして、もうここにはいられないと思った。
逃げ出したくて、すべてを投げ出してタクシーを呼んだ。
そのまま車を走らせて、終わらせる場所を探そうと思った。
運転手のお気に入りの場所を訪れてからにしようと思ったのは、単なる気まぐれだった。

「あ、ここでいいよ。家、すぐそこなんで」
お金を払い、車から出ようとした時、運転手が私の方を振り返って、言った。

「お客さん、もうすぐ夜明けですよ」

9/12/2024, 12:54:55 PM

本気の恋なんて、執着と変わらないんじゃないかと思う。
聞こえはいいけど、相手があることにのめり込むのは、必ず危うさを生む。
だって相手の気持ちはコントロール出来ないんだから、一方的に切られたらどーする? いや、どーなる?
次の日からスパッと忘れられるのか?
忘れられるとしたら、それは本気の恋だったのか?

じゃあ、偽りの恋をするしかないのか、なんて元も子もないことを言うつもりはないし、遊びの恋なんて、それこそ相手があることならもってのほかだ。
なので、恋は楽しく、カジュアルな気持ちでするもんじゃないかなと、おじさんは思うんよ。
趣味を楽しむように、一生懸命だけど楽しんで、辛くて仕方ないならいつでもやめちゃって、とはいえその場合はちゃんと相手と話し合って、こじれるようなら第三者にも入ってもらって、そんな感じで波乗りするみたいにやっていけたらいいんじゃないのかなって。

男と女が本気になり過ぎるとモメるって、映画やドラマの見過ぎだろうか。
ほとんどの犯罪は、お金や恋愛沙汰が原因となるような…いや、他に思いつかん。
だから、何事も真剣に真面目に取り組むのは良しとして、本気過ぎるのはあんまり良くないかな、と。
少しトーンダウンしたけど、考えてみれば、恋路は人それぞれで、邪魔する奴は馬に蹴られて死んじゃうかもしれないから、どーこー言うのはこれくらいにしとこう。

本気の度合いだって人それぞれだから、行き過ぎて執着にならなければ、そんな恋愛もイイ思い出になるんだろうな。
だけどひとつだけ、今だから言えることは、結婚して子供が出来て家族になって、そうこうするうちにそんな感情は間違いなく変化していくってこと。
変化しなきゃ人の子の親になれない。
夫婦の仲が良いのは素晴らしいことだけど、それはもはや本気の恋であっちゃいけない状況だろうと。

…まあ、余計なお世話ですね。
ホント、人の恋路に口出ししちゃいけないな。
だけどせめて、自分の娘にくらいは共感してもらいたいもんだ。
一番、反感を持たれるお年頃ではあるが、ここでコジらせると、父親がフォローしきれない修羅場を迎えるかもしれないしな。
…いや、まあ、余計なお世話ですね。

9/11/2024, 12:26:35 PM

…あれ?
壁に貼られたカレンダーの、9月25日に赤丸が。
記憶にない。
俺は一人暮らし。
出会いの記念日をこっそりマークするような、可愛い彼女もいない。
なら、なんでこの日に赤丸が?
しばらく考えたが、答えは出なかった。
仕事に行く。

…あれ?
職場へ向かう電車の中で、仕事のスケジュールを確認しようとスマホのカレンダーを開くと、9月25日に予定が登録されている。
登録内容は、「HappyBirthday!」
誰の誕生日だ? 誰が俺のスマホに?
まったく分からない。
しばらく考えたが、答えは出なかった。
職場に到着する。

「おはよう」
同僚と挨拶して、自分の席へ。
…ああ、やっぱり。
席の卓上カレンダーにも、赤丸。
そして、書き込まれていたのは、「美咲の誕生日」
「美咲って…誰だ?」
思わず漏れた俺の言葉が聞こえたのか、隣の席の同僚が俺の席を覗き込む。
「…何それ? 2034年のカレンダーなんて、自分で作ったの?」

妄想という名の推測をする。
これは、時空の歪みか何かが為せる技で、まあそんなことはどーでもいいが、つまり10年後の俺には美咲という名の彼女がいて、その人の誕生日が今月来るってことか。
いや、もしかしたら、もうその頃の俺はすでに結婚していて、10年後の今月25日に娘が産まれ、美咲という名を付けるのかも。
妄想は膨らむが、いつの間にかカレンダーの印やメモは消え、2024年に戻っていた。

10年後。
俺には、娘はおろか、彼女もいない。
相変わらずの独り身で、孤独な日々を送っている。
でも俺は今、幸せだ。
何故なら、最高の推しがいるから。
いろは坂46の美咲だ。
今月の彼女の誕生日には、彼女がセンターで歌う新曲が発売される。

その名も、「オチが弱くてゴメンなさい」
…売れないだろうな。

9/10/2024, 12:53:46 PM

娘が幼い頃、知り合いから貰ったぬいぐるみがお気に入りだった。
その名も「ニャニイ」ちゃん。
いや、娘がアンパンマンの映画から拝借して付けた名前だが。
クタクタのぬいぐるみで、持ち運びやすいのもあってか、どこへ行くにも一緒だった。

公園に遊びに行く時も、家族で旅行に行く時も、必ず持っていったから、写真にはたくさん残っている。
時が経つにつれ、薄汚れていったのも見て取れて、それだけ愛されていたんだなと伝わってくる。
そんなニャニイちゃんは、ある日、電車のシートに置き忘れられて、サヨナラとなった。
もちろん、問い合わせて探してもらったが、見つからず。

娘はグズって泣いたが、その反応は親が思っていたほどではなかった。
興味が次のグッズに移るのは早く、親の方も元気付けようと奮発したおかげか、それほど引きずることもなく、ニャニイちゃんは我が家から姿を消した。

むしろ、ショックが大きかったのは親の方、いや、父親の私の方だったかもしれない。
なんだか、家族の一人を失ったような…いや、そこまではなくとも、娘の友達が行方不明になってしまったような、なんとか探し出してあげたい気持ち。
一人、電車のシートに取り残され、どこまで連れて行かれたのか。
汚いぬいぐるみだと処分されたか、どこかにひっそりと保管されているのか。

何も分からない。
喪失感だけが残った。
あの後、同じようなぬいぐるみを買いたいと探し回ったが、これだ!ってのは見つからなかった。
残されているのは、幼い娘が大事そうに、もとい、振り回すように手に持って写された写真のみ。
クタクタのぬいぐるみだったから、いつもギュッと握りしめられて…ずっと離さずに一緒だと思ってたんだけどな。

ちなみに、アンパンマンのニャニイちゃんは、その名の通り夢猫の国の住人だったが、我が家のニャニイは、小さなバッグに入って顔を出すタイプの虎だった。
猛獣だった。
幼い娘は、いつも公園で猛獣を振り回してた。

9/9/2024, 11:40:06 AM

私は世界に一人だけ。
私の命も世界に一つだけ。
だけど、私と同じ「人間」は数え切れないほどいて、命もそこら中に散らばってる。
それは、貴重なの?かけがえのないものなの?
代わりはいくらでもいるんじゃないのかな。

現に、日々たくさんの人達がこの世を去ってゆくが、世界はまた新たな生命を生み出し、補充は完璧だ。
秀でたスキルがある訳でもなく、世のため人のために役立っている自負もない。
さて、世界に自分は必要か?

はっきり言って、必要ないだろう。
貴重でもないし、代わりはいくらでもいる。
だけど、家族にとっては、自分の代わりはいないはずだ。
貴重とは言わないが、必要とされている。
生きる意味は、きっとそこにあるんだろう。

世界を俯瞰で見た場合、ナンバーワンはおろか、オンリーワンでいることさえ難しいと思う。
広大な花畑でオンリーワンの一輪であることは、それだけの価値を自分に見い出しているということだ。
自分の価値…それは、誰かの息子であり、旦那であり、父親であるということ。

そう考えると、花畑ではなく、花束としてまとめられた時にこそ、自分の存在に価値が生まれるのかもしれない。
そういえばあの歌も、舞台は花屋の店先だったな。
世界はあまりにも広すぎる。
そこで秀でようとするには、人生は短すぎる。
それなら、自分が少しでも輝ける場所を作り上げよう。

ほんの小さな舞台でいい。
その舞台の上で、その花を咲かせることだけに、一生懸命になればいい。

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