深夜、配車アプリで職場にタクシーを呼んだ。
ものの数分で到着したタクシーのドアを開け乗り込む。
「どちらまで?」
運転手がバックミラー越しに訊いてきた。
「そうだな。あなたが東京で一番好きな場所へ連れて行ってくれないか?」
「…はい?」
「あるだろ?お気に入りの場所。そこへ行ってくれ」
「いや、でも…こんな時間じゃどこもやってませんよ」
「閉店があるようなお店とかじゃなくてさ、この時間でもいつものように過ごせるところ、ない?」
「そりゃないことはないですが…ホントにいいんですか?」
「ああ、向かってくれ」
到着したのは、青山墓地だった。
「ここが…お気に入り?」
「ええ、夜は特に人気がないんでね。車を止めて休憩するにはもってこいなんですよ」
「へえー、タクシー運転手ならでは、か」
「いや、他にも、好んで来てる人はいるみたいですよ。ほら、この緑に囲まれた暗がりの中の墓地と、その向こうに見える高層ビルの明かり。この不思議な調和が何だか心地良くてね」
「なるほど。永遠の眠りにつく場所と、眠らない街が連なっている訳だ。なのにぶつからず、調和し合っている」
「ええ、悪くないでしょ、夜のこんな場所も」
「うん。もう少し、あの遠くのビルで頑張ってみようかと思うよ」
「それは良かった。まだ若いんですから、この暗がりに埋もれちゃいけない。いずれ、落ち着ける日は必ず来るんですから」
そう言うと、運転手は私を見て微笑んだ。
職場で大きなミスをやらかして、もうここにはいられないと思った。
逃げ出したくて、すべてを投げ出してタクシーを呼んだ。
そのまま車を走らせて、終わらせる場所を探そうと思った。
運転手のお気に入りの場所を訪れてからにしようと思ったのは、単なる気まぐれだった。
「あ、ここでいいよ。家、すぐそこなんで」
お金を払い、車から出ようとした時、運転手が私の方を振り返って、言った。
「お客さん、もうすぐ夜明けですよ」
9/13/2024, 1:44:39 PM