夏といえば、エアコンの効いた部屋でゲーム三昧、もしくは映画、YouTube。
そして、死の危険を感じながらの出勤。
あとは…休日はショッピングモールとか、買い物くらいには出掛ける。
夏といえば、そんなイメージしか湧かない。
昨今の夏は。
お祭りは過去のイベントになりつつある。
少なくとも、我が家においては。
花火にだって行く気になれない。
夏の風物詩だったのに。
だって暑さが厳しくて、不快な思い出になってしまう気がするから。
でも…楽しかったお祭りの思い出は消せないな。
屋台で買うバカ高いイカ焼きは、なんであんなに美味いんだろう。
神社の境内とか、夜になると何かがいそうで、でもいつもと違う賑やかな雰囲気に呑まれて、そんな存在も暗がりで浮かれ楽しんでいそうで、ああ、日本っていいなと思えるイベントだったりする。
でも、夏が、お祭りを楽しめるはずの夏が、いつしかやってこなくなった。
いや、私にとっては、の話かもしれないが、夏祭りの記憶はこんな熱帯夜じゃなかった。
もっと過ごしやすくて、それでも夏らしさ満載で。
なんだか…せつないな。
思い出に残るだけの…夏祭り。
つい先日、足立区の花火大会に40万人以上が集まったという。
雷雨で直前に中止となってしまったが…夏をあきらめていない人がこんなにいるのかとビックリした。
これは、見習うべきなのかもしれないな。
いや…でも、夜の熱中症も危険だっていうし…。
…あれ?…もしかして、夏の暑さが強くなったんじゃなくて、私の耐性が弱くなっただけなのか?
なんだか…せつないな。
思い出に残るだけの…夏祭り。
「おい、そこの若いの」
「え?…私?今年50になりますけど?」
「わしに比べれば若い若い。ところでおぬし、気付いておるかの?地球温暖化が、おぬしのせいじゃということに」
「…ん?何の話です?」
「だから、地球温暖化じゃ。おぬしが世界中に展開しておる」
「世界中に展開って…おじいさん、熱中症で頭やられちゃったんじゃないの?早く家に帰った方がいいよ」
「まったく自覚無しか…おぬし、ここ数年、好きなアイドルがおるじゃろう」
「え…ああ、いるけど、それがどーしたの?」
「地球温暖化の原因はそれじゃ。推しへの熱量が大きすぎるんじゃ」
「…何言ってんの?」
「おぬしの推しへの愛が強すぎて、この星のトータルバランスにインパクトを与えとる」
「もっと分からん」
「詳しいことはわしにも分からん。神様だって万能じゃない」
「神様?あんたが?…てゆーか、神様は万能なんじゃないの?」
「それはおぬしらの勝手な思い込みじゃ。万能なら、こんな殺人的な暑さ、とっくに何とかしとる」
「人類に与えた試練かと…まあいいや、で、何が言いたいの?俺に推し活をやめろってこと?」
「そーゆーことじゃ。聞き分けがいいな。もっと抵抗されるかと思ったが」
「やめるとは言ってない。でも、地球が滅んだら推し活も出来なくなるし、最近、お金も体力もキツイから、そろそろ考えなくちゃと思ってたんだ」
「そうか、それがいい。言ってみるもんじゃ」
「なんか、そうとなったら急に気持ちが冷めてきたよ。気が楽になったっていうか、解放されたっていうか」
「執着しすぎてたんじゃないのかの。思い入れが深いと、何かと頑張りすぎてしまうもんじゃ」
「なるほど。この際、熱中するようなモノをすべて手放してみようかな。もっと自由になれる気がする」
「よし、神様からの助言じゃ。おぬし、煩悩を捨てて放下せよ。…決まったな★」
「なんかよく分かんないけど、まあ、ありがたいお言葉として貰っとくよ。じゃあ、もう行くわ」
「うむ。永遠に励めよ」
最後のセリフはさらによく分からなかったが、それはさておき、私にそんな力があったとは。
人類代表ってことなのか?
まあ、いずれにせよ、地球をこれ以上、灼熱の星にする訳にはいかない。
私のあらゆる熱を冷まして、クールなダンディになろう。
私にはそれが似合ってる。
…その後まもなく、地球が約一万年振りの氷河期に突入することになるとは、たとえ神様にだって分かるまい。
誰かのためになるならば、死ねるかい?
そんな訳ないだろ。
そうしないと、誰かが死ぬんだぜ。
それは仕方ない。
自分の命は惜しいと。
俺がその人のために死んだら、その人はずっとその十字架を背負って生きていくんだぜ。
それはその人の勝手だ。
死なずに生きるのも俺の勝手だ。
その人が…俺だったら?
…死なないよ。お前だって、俺に生きて欲しいだろ?
確かに、そうだな。
誰かのためになるならば命も惜しくない、なんて、子供の頃に見たヒーローくらいのもんだ。
そのヒーローに散々憧れてたけどな。
最初から死ぬつもりなんてないんだよ。カッコよく助けたいって思ってるだけだ。
じゃあ…助けてくれるかい?
当たり前だ。
死ぬかもしれないぞ。
そんなつもりはないけど、その時はその時だろ。
俺はお前に生きてて欲しいけどな。
じゃあ、二人で生き延びよう。それが一番カッコいいエンディングだよ。
ヒーローだって死なないもんな。いつだって皆を助けてくれる。
まあ、俺には皆を助けるような必殺技はないけど、お前一人くらい気合いで何とかするよ。
気合いか…うん、きっとそれで何とかなりそうな気がするよ。
よし、じゃあ、行くか。
俺達は二人微笑みながら、目の前の白く重い扉を開けた。
かごの中の鳥は、果たして幸せなのか。
自由に空を飛ぶことが出来ない。
だが、食事や環境が約束される。
上げ膳据え膳だ。
そもそも、大空を飛ぶことなど、考えたことすらないのかもしれない。
生まれた時からかごの中で育てられてきたのだとすれば、さもありなんだろう。
大空に怯えるかもしれない。
生活が保障されず、様々な敵が待ち受ける、大空に。
鳥かごの中が一番だよ。安心して暮らせる。
新しい何かに挑む必要もなく、昨日と同じ今日、今日と同じ明日。
そしてこの鳥かごが、あらゆる脅威から守ってくれる。
かごの中の鳥は、間違いなく幸せだ。
ある日、鳥はかごから逃げ出した。
ほんの一瞬、目を離した隙に。
大空に飛び立っていった。
何の迷いもなく。
大学を卒業してから、三十年以上会っていない友達の訃報を聞いた。
偶然、共通の友人だった人と再会した折に。
少し神妙に、そっか、知らなかったな、と返したものの、特別な感情は湧かなかった。
確か、仲良かったんだけどな。
大学時代、お互いの彼女を連れて、四人で遊んだっけな。
サザンが好きで、湘南に憧れて、中古で買ったポンコツ車で、江の島までドライブした。
帰りのガソリン代が危うくなって、なけなしの1000円分給油して、何とかギリギリで家に辿り着いた。
今はもう、満タン給油が当たり前。
飲み会の後は帰りたくなくて、ガードレールに座って朝まで話し続けた。
話した内容なんか覚えていない。
きっと、今の自分にはどうでもいいこと。
でも、あの頃の自分達にとっては、熱量ハンパない話題だったんだろうな。
俺が彼女にフラれた時は、夜通し男二人でカラオケで歌った。
サザンばっかりだった。
いとしのエリーとか歌っても、歌が下手すぎて何の感情移入も出来なかった。
でも、しんみりすることもなくて、それが逆に良かったんだよな。
ほら、たいした思い出もない。
あいつの顔だって、ぼんやりとしか覚えていない。
だから、そっか、で済ませたんだろうな。
夜、昔の写真を引っ張り出して、あいつの顔を見つけた。
何故だか分からないが、とめどなく涙があふれ出した。