ただ単に、太陽が地球の反対側に行ってるだけなのに、孤独に震えたり、不安に包まれたり、人ならざるものに怯えたり。
何も変わらないはずの街が、昼とはまったく別の顔を見せる。
見えないことに対する根源的な恐怖なんだろうけど、これだけ灯りが増えた現代にあっても、その恐怖は消えるどころか、その力を増してきているような気がする。
光があるからこそ、その片隅に出来る闇が、より一層深いものになってしまうのかもしれない。
幼い頃は、夜になると、いろんな心配事に苛まれて、布団の中で眠れない時間を過ごした。
親が死んでしまったらどうしようとか、明日学校でイジメられたらどうしようとか、あのタンスの引き出しから白い手が出てきたらどうしようとか。
どれも、考えたところでどうにもならないし、昼に考えても不安には違いないことだが、夜にはそれが何割か増しになって、悶々とするだけで解決なんかしない。
そんな夜を何度も繰り返した。
あの頃は夜が嫌いだった。
真夜中、不意に目が覚める。
静まり返る世界。すべてのものが死に絶えたような。
オシッコがしたくなり、階下のトイレに向かおうと階段の上に立って下を見下ろすと、そこにシルクハットを被った誰かが立っていた。
暗闇の中に薄っすらとシルエットが見え、黙ったまま、こちらを見上げているのが分かる。
明かりをつけて確認するなんて余裕はなかった。
すぐに部屋に戻り、ベッドに潜り込んで布団にくるまって、朝までトイレは我慢した。
幼い頃の記憶。
今となって思えば、単なる勘違いや記憶違いに過ぎないのかもしれない。
でも、あの夜の雰囲気と相まって、この思い出は生涯消えることはないと思う。
…と、窓の外を見れば今は、抜けるような青空が広がっている。
ほら、こんな時間にこんな話をしても、あの時の恐怖はまるで蘇ってこない。
人間って現金な生き物だな。
何十年と忘れない記憶のはずなのに。
まあ、だからこそ、どんな不安や恐怖を抱えても、夜が明けて次の朝が来れば、人はまた立ち上がり歩き出せるのだろう。
必ず太陽は昇り、朝は来る。これからも、ずっと。
そう信じたい。
愛があれば、何でも出来るに一票。
もし出来ないことがあるとすれば、それは愛が足りないからだと思う。
まあ、空を飛ぶとか姿を消すとか、能力的に無理なものはあるから、何でも出来る、とゆーより、何でもやる、って感じかな。
何を愛するかは人それぞれだけど、本気で愛しているものがあるなら、それを失ったら生きる意味が無くなってしまうから、そりゃ死ぬ気で何だってすると思う。
生きる意味を失うくらいなら。
ただ、そこまで愛せるものに出会えるかどーか、それもまた人それぞれかと。
他人を愛したり、自分を愛したり、モノを愛したり、その愛の強さによって出来ることも変わってくると思うけど、本当に大切な誰かや何か、もしくは自分が窮地に陥ったのならば、きっとやれることなら何だってやろうとするんじゃないだろうか。
もしも自分の子供を命がけで守れない親がいるとしたら、その親は子供よりも自分を愛していて、その自分に対する愛のために大切なはずの我が子を見捨てられる訳だ。
これだって、愛があれば何でも出来る、一例だと思う。
私は、我が子を守るためなら状況によっては犯罪者になっても仕方ないと思ってるし、地球の全人類より家族の方が大切だ。
世界のために自分を犠牲にする気持ちもほとんど無い。
だって、自分がいなかったら世界なんて存在すらしない訳で、生きてこそ、であり、死んで花実が咲くものか、ってな感じ。
だから、自分や家族のためなら何でも出来ると思っている。
いや、とゆーか、すべての生き物はそーあるべきだと思っている。
いつものように、話の道筋が微妙にズレてきた気がするが、日常あまり考えたことのないテーマなので、これが自分の本当の答えなのかも怪しいところ。
でもまあ、世の中の悪いことはすべて愛が足りないから起きるんだって皆が思っていれば、きっと世界はイイ方向に変わっていくはずだし、何かひとつでも本気で愛せるものがあるなら、それだけで人生に大きな価値を見い出せると思うから、「愛があれば何でも出来る」ものだと信じていきたい、というのが本音かもしれない。
後悔なんかしたくない。
だから走った。
力の限り走った。
君に伝えたい言葉が、ある。
もう手遅れかもしれない。
こんな心変わりを、受け入れてもらえるだろうか。
どちらにせよ、この想いだけは君に伝えたい。
だって本当に好きだから。妥協はしたくないから。
ずっと付き合っていきたいから。
だから走った。
力の限り走って、やっと君のもとに辿り着き、声を大にしてこの想いを伝える。
「さっきカツカレー注文して、銀行にお金を下ろしに行っていた者ですが、やっぱり大盛りにしてもらえますか?」
想いは伝わった。
しっかりと愛情大盛りのカツカレーに出会えた。
これに出会えなければ、きっと今日一日後悔したことだろう。
夜風に身を任せ、公園のベンチに座っていたら、見知らぬ男性に声をかけられた。
「泣きたい夜はありませんか?」
「え…今夜がそーですけど、何故です?」
「何がありました?」
「…いやぁ、仕事でやらかしちゃいましてね。これで何度目か。いい加減、上司にも呆れられて」
「なるほど…まあ元気出して、家に帰ってぐっすり寝て、明日また頑張ればいいじゃないですか」
「…それだけ?」
「それだけ…とは?」
「いや、何か藤子不二雄的なことでも起こるものかと」
「私にそんな力はありません」
「じゃあなんで私に声をかけたんです?」
「いや…私もね、経営していた会社が潰れてしまいましてね。あなたと同じようにこの公園で…」
「夜風に当たって途方に暮れていたと?」
「そーです。そして、この奥にある木で首を吊りました」
「ああ、やっぱり…」
「成仏出来ずに揺られていたら、あなたがこのベンチで夕方からずっと動かないもので…とゆーか、驚かないんですね」
「いや、私も同じですからね」
「…と、言いますと?」
「ついさっき、衝動的に手首を切ってしまいました」
「それはそれは、早まりましたね。たかが上司に怒られたくらいで」
「何でしょう、夜風に身を任せていたら、急にそんな気持ちに…あ、誰か来ますね」
くっそ、有り金全部すっちまった。
明日からどうやって生きてきゃいいんだよ。
誰か、金貸してくんねーかなー。
あ、あそこのベンチに座ってるサラリーマン、金持ってるかな。
こーなったら、あいつから金奪って逃げるか。
「ああ、あの人があなたの死体を発見してくれそうですね」
「なんか申し訳ない。こんなに血まみれなのに」
「お金を奪うだけで通報してくれなかったら困りますが」
「あなたはどーなんです?体の方はどちらに?」
「もっと公園の奥の林の中です。人目につかないところで」
「なるほど。それじゃなかなか発見してもらえませんね」
「もう、半年もぶーらぶらですよ。今も夜風に身を任せて、心地良く揺れてます」
その時、男の悲鳴が公園に響き渡った。
慌ててスマホを取り出し、警察に通報しながら、公園を一目散に飛び出していく。
「さすがに、死体からお金だけ奪うほどのロクデナシではなかったよーだ。良かった。これでちゃんと供養されて成仏出来そうですね」
「ありがとうございます。ところであなたは、これからどーするんです?」
「どーするこーするも、死んでしまったら何にも出来ませんしね。後悔先に立たず、ですよ」
「泣きたい夜を続けていく訳ですか」
「生きてても、死んでても、ね。死ぬことは逃げ道じゃなかった」
「私も、もし成仏出来なかったら、ここに戻ってきます。たぶん、こんな死に方では、素直に成仏出来ないような気がしてるんですよ」
「うん…あの逃げていった彼には、何とか明日を立て直してもらいたいですね」
「ええ、そのために私のお金を使ってくれてもいい。死んだ後でも、人助けが出来るんなら本望ってやつですよ」
「…今夜はもう少し、ここで話しませんか。生きていた頃の思い出話でも」
「いいですね。お酒が欲しいところですが…この夜風が気持ちいいから、良しとしますか」
しばらくの後、公園はサイレンを鳴らしたパトカーや野次馬で大騒ぎとなった。
ベンチで息を引き取っていた男性とともに、公園の奥の林の中で首を吊っていた男性の遺体も発見され、マスコミも到着しての人だかりとなる。
夜も更けて公園の人だかりは消え、心地良かった夜風が冷たくなる頃、ふたつの魂が、泣き笑いしながら天高く成仏していった。
時間は裏切らない。
誰にとっても平等に、同じスピードで進んでゆく。
だから、失われた時間なんか無い。
平等に与えられているのだから。
それなのに、気付けば何のアイデアも浮かばず、時間だけが過ぎてゆく。
何も生み出せない時間は、失われたと言えなくもない。
この後、何かイイ作品が生まれてくるのであれば、それはそれで生みの苦しみを乗り越えた甲斐があるのだが、そんな素質は持ち合わせておらず、時間だけが過ぎてゆく。
時間は裏切らないが、自分の能力が時間を裏切ってる訳だ。
まあ、しがないサラリーマンなんで、それは別に問題ないのだが、自分で納得のいく作品が出来た時は、それはそれでかなりの満足感を得られる。
収入に繋がる訳でもないのに、仕事の成功より大きな喜びだったりする。
誰かのために働くことも人生の糧であったりはするが、自分という人間が生み出す世界にいつだって期待してるんだな、俺は。
…とかカッコつけても、何も浮かばない。
失われた時間、という言葉を繰り返す、職場の昼休み。
ああ、昼飯を食う時間が失われてゆく。
俺の才能がほとばしるチャンスもないままに。
やっぱり、収入に繋がらないとやる気が出ないのかも。
せめて、ご褒美の❤を…。
時間は裏切らない。
誰にとっても平等に、同じスピードで進んでゆく。
そして、無慈悲にも昼休憩は終わってゆく…。