夜風に身を任せ、公園のベンチに座っていたら、見知らぬ男性に声をかけられた。
「泣きたい夜はありませんか?」
「え…今夜がそーですけど、何故です?」
「何がありました?」
「…いやぁ、仕事でやらかしちゃいましてね。これで何度目か。いい加減、上司にも呆れられて」
「なるほど…まあ元気出して、家に帰ってぐっすり寝て、明日また頑張ればいいじゃないですか」
「…それだけ?」
「それだけ…とは?」
「いや、何か藤子不二雄的なことでも起こるものかと」
「私にそんな力はありません」
「じゃあなんで私に声をかけたんです?」
「いや…私もね、経営していた会社が潰れてしまいましてね。あなたと同じようにこの公園で…」
「夜風に当たって途方に暮れていたと?」
「そーです。そして、この奥にある木で首を吊りました」
「ああ、やっぱり…」
「成仏出来ずに揺られていたら、あなたがこのベンチで夕方からずっと動かないもので…とゆーか、驚かないんですね」
「いや、私も同じですからね」
「…と、言いますと?」
「ついさっき、衝動的に手首を切ってしまいました」
「それはそれは、早まりましたね。たかが上司に怒られたくらいで」
「何でしょう、夜風に身を任せていたら、急にそんな気持ちに…あ、誰か来ますね」
くっそ、有り金全部すっちまった。
明日からどうやって生きてきゃいいんだよ。
誰か、金貸してくんねーかなー。
あ、あそこのベンチに座ってるサラリーマン、金持ってるかな。
こーなったら、あいつから金奪って逃げるか。
「ああ、あの人があなたの死体を発見してくれそうですね」
「なんか申し訳ない。こんなに血まみれなのに」
「お金を奪うだけで通報してくれなかったら困りますが」
「あなたはどーなんです?体の方はどちらに?」
「もっと公園の奥の林の中です。人目につかないところで」
「なるほど。それじゃなかなか発見してもらえませんね」
「もう、半年もぶーらぶらですよ。今も夜風に身を任せて、心地良く揺れてます」
その時、男の悲鳴が公園に響き渡った。
慌ててスマホを取り出し、警察に通報しながら、公園を一目散に飛び出していく。
「さすがに、死体からお金だけ奪うほどのロクデナシではなかったよーだ。良かった。これでちゃんと供養されて成仏出来そうですね」
「ありがとうございます。ところであなたは、これからどーするんです?」
「どーするこーするも、死んでしまったら何にも出来ませんしね。後悔先に立たず、ですよ」
「泣きたい夜を続けていく訳ですか」
「生きてても、死んでても、ね。死ぬことは逃げ道じゃなかった」
「私も、もし成仏出来なかったら、ここに戻ってきます。たぶん、こんな死に方では、素直に成仏出来ないような気がしてるんですよ」
「うん…あの逃げていった彼には、何とか明日を立て直してもらいたいですね」
「ええ、そのために私のお金を使ってくれてもいい。死んだ後でも、人助けが出来るんなら本望ってやつですよ」
「…今夜はもう少し、ここで話しませんか。生きていた頃の思い出話でも」
「いいですね。お酒が欲しいところですが…この夜風が気持ちいいから、良しとしますか」
しばらくの後、公園はサイレンを鳴らしたパトカーや野次馬で大騒ぎとなった。
ベンチで息を引き取っていた男性とともに、公園の奥の林の中で首を吊っていた男性の遺体も発見され、マスコミも到着しての人だかりとなる。
夜も更けて公園の人だかりは消え、心地良かった夜風が冷たくなる頃、ふたつの魂が、泣き笑いしながら天高く成仏していった。
5/15/2024, 12:38:48 AM