生きる意味、それはつまり「なぜ君は生きるのか」ってことかな。
だとしたら、答えは「この世に生まれてきたから」だと思う。
自分の意志で人生を始める人なんていない。
気付いたら始まってる。
他人の、とゆーか両親の思惑で自分の人生は始まる訳だから、生きる意味なんてすべて後付けでしかない。
生まれる前から人生の意味を考えて、計画的に生まれてくる人なんていない。
気付いたらスタートラインに立ってるから、ただただ歩き始めるだけ。
だから中には、こんな人生いらない、って思う人だっているだろう。
望んで生まれてきた訳じゃないんだから当たり前だ。
そんな人にとっては、生きる意味なんて考えるべくもない。
誰かがカッコつけて、「愛」とか「友情」とか「幸せ」とか言ったって、それを見つけるかどーかは今の自分次第であって、決して生きることに付随するものではないと思う。
それでも、せっかく生まれてきたんだからと奮闘して、「愛」とか「友情」とか「幸せ」に出会えた時、それが生きる意味になることはあると思うけど、それは後付けの幸運であって、「生きる意味は何ぞや?」の答えにはならない。
「生まれてきた」から、「生きていく」んだと思う。
思考がループし始めたけど、強引にいく。
動物は、生まれて死んでゆくけど、そこに生きる意味なんて存在するだろうか。
ただ生まれてきて、お腹が空いたからご飯食べて、出すもの出して、眠くなったから寝る、というように生きていく。
人間だって本来はそうだ。同じ生き物だ。
ただ、動物達は決して自分の感情で自分の人生を終わらせたりしない。
生まれたからただただ生きていく。
愚直だが、それが本来の生き物の姿なんじゃないかと思う。
我が家の猫は、日々、家中を歩き回って何かしら楽しいことを探しながら、それで暇を潰し、何となく毎日を過ごしている。
人生に大義名分なんてない。
意味や理由や目的に縛られる必要もない。
難しい言葉で人生を語るのはすべて嘘だと思ってる。
語っているその人も、何も持たずに生まれてきたはずの単なる生き物だから。
その女の子は、餓死寸前だった。
三歳で親に捨てられ、行き場もなく、瀕死の状態で町を彷徨っていた。
ある女性が女の子に声をかけ、家に招き入れた。
温かいスープを与え、お風呂で汚れた体を綺麗にして、ふかふかのベッドで眠ることが出来た。
それからというもの、女の子は彼女に育てられ、何不自由なく暮らした。
女の子は、彼女に感謝してもしきれなかった。
彼女がいなかったら、私は路地裏で餓死していただろう、と。
女の子が十七歳になったその日、何の前触れも無く、彼女は女の子を人買い組織に売り飛ばした。
女の子は綺麗な女性に成長しており、かなりの値がついたことだろう。
「私が面倒見れるのはここまでだよ。あとの人生は、自分の力で生きていきなさい。あなたには、それだけの教養や体力が身に付いているはず。私はこのお金で、余生を楽しく過ごすから」
組織の中では酷使され、嵐のように日々が過ぎていった。
時折、彼女との暮らしを思い出す。
幸せだった。
まるで本当に親子のように。
組織で知り合った仲間の女性達と、自分の生い立ちについて話したことがある。
私の話を聞いて、ある人は「それは酷い目にあったね。娘同然のあなたを売るなんて、その女は極悪人だよ」と言った。
ある人は「餓え死にしそうなところを救ってくれて、何の恩義もないのに十年以上も面倒を見てくれた。たくさんのお金も費やしたことだろう。天使のような女性だね」と言う。
そしてある人は、「その女は怪物、モンスターだよ。他人に対して何の感情も持たない。そうでなきゃ、そんな真似が出来るはずがない」と恐ろしそうに呟いた。
きっと、善も悪もそこには無かった。
彼女の生きる道が存在していただけ。
誰もがそうだろう。
善か悪かを判断するのは、いつだってそれを知った周りの人間達だ。
いずれにせよ、あの人は私に命を、人生をくれた。
それだけは事実。
私はあの人を恨まない。追いすがったりもしない。
あの人の幸せを願ったりもせず、他人として生きていく。
そう決めた。それが私の生きる道。
君を探して、あの丘の上まで。
そこに君はいた。
僕を待っていてくれた。
「ごめんね、遅くなって」
君は静かに微笑んだ。
二人で丘の上のベンチに座って、夜空を見上げる。
今夜はしし座流星群が見られるという。
君と一緒に、いつか見に行こうと話していた流星群。
少し遅くなったけど、こうして見に来れて良かった。
寒くない?と聞くと、君はコクリと頷く。
そして、星が流れ出した。
君の横顔は相変わらず綺麗だ。
真剣な眼差しで、夜空のスクリーンを見上げている。
知らず知らず、僕の目からは涙が溢れ出した。
滲んだ視界の向こうに流れ星を捉え、必死で願い事を唱える。
「君が戻りますように
君が戻りますように
君が生き返りますように」
流れ星に願いを。ネガイカナイタマエ。
君はいつもここにいる。
何故なのかは分からない。
半年前に病で亡くなった君が入院していた病院の窓からは、遠くこの丘が見えた。
きっと、病院を出てこの場所に来ることを夢見ながら死んでいった君の、最後の願いが叶ってしまったのかもしれない。
今度は僕の願いが叶う番だ。
摂理なんて関係ない。君が戻ればいい。
君がここにいる時点で、世界は狂い始めてるんだ。
失意の底で死に場所を探して、人のいないこの丘で君に出会った時、僕はそう思った。
僕の声は届くのに君の声は聞こえない。
君の体に触れることも出来ない。
ふと気付くと、君がこちらを向いて、何かを話していた。
声は聞こえない…が、何故か、君の言葉が伝わってくる。
「最後の願いが叶ったよ。ありがとう」
星が流れてゆく。
君が消えてゆく。
僕の願いは、叶わなかった。
丘の上のベンチに一人。
流星群のショーは終わったようだ。
君の最後の願いは、この丘にずっといることじゃなくて、この丘から流れ星を見ることだった。
僕と一緒に。
僕の願いは叶わなかったが、彼女の願いを叶えてくれたことに感謝している。
流れ星に願いを。ネガイカナエタマエ。
この島には、ひとつだけルールがあった。
まあ、昔からのしきたりみたいなもんだ。
それは、「一人で死んではいけない」というものだった。
いや、死ぬ時は誰でも一人だろ、とは思うが、要するに「自殺しちゃいけません」ということなんだろう。
そんなもんルールにするのもどうかと思うし、死なんていつどんな時にやってくるか誰も分からないし、そもそも、そのルールを破ったところで本人はもう死んでるんだから、なんのお咎めも罰も受けられない。
何のためのルールなんだか。
そういう訳で、死ぬことにした。
事情は伏せるが妻子には逃げられ、借金の取り立てが激化して、放っといても死ぬことになりそうだ。
どうせなら、自分の意志で自分の行く末を決めたい。
奴らに殺されるなら一人で死ぬこともないだろうが、俺は一人で静かに消えていきたいと思った。
ルールなんか知ったこっちゃない。
天井の梁にロープを結び、輪っかを作って首にかける。
あとは乗っているこの椅子を蹴れば…その時、電話が鳴った。
もちろん、出るつもりなどなかったが、留守電が作動する。
「町長ですがね、やめときなさい、もったいない」
…えっ?
「今すぐ説得係が行きますから。早まっちゃダメだよ」
…なに?
唖然としていると、見慣れた顔がぞろぞろと家に入ってきた。
…なんで?
「この島をね、守らなきゃいけない訳だよ。それでなくても過疎化が進んで、町長は、近いうちにこの島が無人島になるんじゃないかって心配してる」
「いや、それはいいとして、なんで俺が死のうとしてることを?」
「そんなもん、この家の監視カメラがすべて見てる。それを我々が常時監視してる」
「監視…カメラ?」
「家の中だけじゃないぞ。この島の至る所にカメラは設置されてる。たとえ山の中でもな。小さな島だから出来ることだ。そして、我々説得係も島中に待機してるよ」
そういう訳で、説得された。
事情は伏せるが、妻子が出ていった原因を解消してくれるという。
その上、妻に復縁を交渉してくれるとか。
どんな手を使うのかは知らないが…
また、借金取りが二度とこの島に渡って来ないようにしてくれるという。
…そんなことが出来るのか?
「簡単なことだよ。ここは俺達の島だからな」
イマイチ意味は分からないが、借金が帳消しになるのなら文句はない。
「一人で死んではいけない」というより、「一人で死ぬ前に話を聞け」だったか。
生活はかなり改善して、死を選ぶ理由は無くなった。
借金取りは姿を見せなくなり、妻子も無事に戻ってきた。
…無事に?
何故か、日々何かに怯えているような気もするが…。
どうした?と聞いても、作り笑いするだけで何も言わない。
数日後、海岸に死体が上がった。
見覚えのある顔。
借金の取り立て屋だ。
…なるほど。
いよいよ、この島から逃げ出す計画を立てなきゃならないようだ。
至る所に監視カメラが仕掛けられている、この島から。
朝から雨降り。
心もどんよりだ。
雨のせいか、朝の電車は混んでて、なんだか調子悪くて途中下車してしまった。
駅のホームで次の電車を待って乗る。
何やってんだ、俺は。
今日の心模様はどんよりだ。
まあでも、一日はこれからだな。
こんな朝のことなんて、気が付いたら忘れてる。
いつまでもホールドしない。
心模様なんてコロコロ変わって、いつの間にか青空が広がってるもんだ。
我ながら能天気な気もするが、心模様も脳天気も晴れ渡っていれば、きっとそれだけで楽しい一日に変わる。