ㅤ元のルームに戻って来た私たちは、皆晴れやかな顔をしていた気がする。先生の声が穏やかに響いた。
「皆さん、二日間お疲れさまでした。最初にお話ししましたように、キャリアデザインとは人生そのものです。二日間でご自身の捉え方が随分違ってみえてきた方もいるかもしれません。迷うことがあれば、またいつでも頼ってくださいね」
画面に区切られた顔が、ばらばらな動きで頷く。さっきまで同じトークルームに割り当てられていたヨナさんの、くしゃっとした笑顔が見えた。暗そうなんて最初に考えちゃってゴメン。言葉をしっかり選んで慎重に発言するところ、とても素敵だと思ったよ。
相談員に勧められた人、三か月経っても内定の出ない人、家族と意見が合わない人、就業中も失業中もいっしょくたで、いろんな人がいた。そんな「たまたま」が重なり合って、さっきまで言葉を交わして。今はただキラキラしている。この「たまたま」が、またどこかで一瞬でも交わったなら面白い。
「どうぞこれからも、学び、悩み、ご自身の未来を一歩一歩辿って行ってくださいね。今日集まった皆さんの旅が、実り多きものになりますように」
先生のそんな言葉に、拍手やハートのアイコンがひとつ、またひとつと浮かんでは、画面の中へ吸い込まれていった。
『旅は続く』
#200
信号待ちをしている時なんかにふと気づく。ああ、今日の夢には色がなかった。だから君の夢を見たのだと。
会えなくなって写真もなくて、夢で会っても顔がぼやけたり、声が腕が違っていたり。近頃君は違う姿かたちをしている。
飛んでくるビニル袋。音を立てて転がる枯葉。蹴飛ばした石ころ。風で揺れる木洩れ日に呼ばれた気がして立ち止まる。
思い出したと思えるのは、しばらく忘れていられたからだ。
なんでもいいよ。気休めでもいい。どこか遠くで笑っていると感じることさえ出来たなら。私の世界はもう、冷たいままでいいから。
『モノクロ』
通りをバイクが遠ざかる音が聞こえて、どうやら少し眠れていたと知る。書きかけになった文字を読み返しながら、飲み忘れた錠剤を水で流し込んだ。
斜めに皺の寄った、クリーム色の便箋。君の好きな花だと思って買ったやつだ。
ㅤ名前の思い出せないそれをそっと撫でる。面と向かって言えそうにないから手紙を書いたのに、肝心なことは最後まで伝えられそうにない。
悩んで苦しんで波にさらわれそうになる度、しっかり立ち向かったり、ふわりとやり過ごしたり。そんな君をいちばん近くで見れた僕は、やっぱり幸せだったと思う。
ㅤ限りある時間のすべてをともに歩いてこれたこと。傍に居ることが叶わなくても、その事実が消えることはないから。
ㅤ永遠なんて、ないけれど。そんなものになっちゃ、いけないけれど。君らしくいられる君を、この先もずっと、僕は勝手に好きでいるよ。
『永遠なんて、ないけれど』
ㅤ涙には理由があると思ってた。
悲しい涙。悔し涙。怒りの涙。孤独の涙。そして、うれし涙。
あなたと夢の中で同じ部屋に泊まっていた。前にも二人でここに来た時の話をあなたはずっとしていて、そんなこともあったねと私は頷いて聴いていた。
「朝ごはん食べに行こうよ」
とあなたが笑って立ち上がったところで、なぜか私の目からすうっと涙が零れて、それで目が覚めたのだった。
『涙の理由』
掲げるようにして運んだトレイをテーブルに置くと、ふたつ並んだマグカップの片方を、取っ手が目の前に来るように君はくるりと回してくれた。礼を言って引き寄せると、
「いいよいいよ、こないだのお礼なんだから」
君は向かいにすとんと腰を下ろす。ふわりと舞った髪の毛から甘い香りがして、目の前の黒い液体を僕はひと口流し込んだ。
「で? 話って?」
黒い瞳がじっとこちらを見た。テーブルの上で、お揃いのマグカップからゆらゆら湯気が立ち昇る。彼女は猫舌なのだった。
「うん、あのね」
コーヒーが君の適温まで冷める頃、どんな僕らになっているだろうか。
『コーヒーが冷めないうちに』