未知亜

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4/24/2025, 9:34:57 AM

「一週間休みがあったらなにする?」
ㅤ夕飯の支度をしていたら、算数ドリルに集中しているとばかり思った息子が、そんなことを訊いてきた。
「そーだなあ、みんなで旅行とか?」
ㅤ洗い物の手を止めず、私は考える。
「りょ、こ、う」
 広げたノートに、息子が書き付けている。今日最後の宿題はそれか。休暇インタビュー?
「旅行って、『う』?『お』?」
「『う』だね」
 息子は春から二年生だ。字の練習を兼ねて、作文とも言えないほどの小さな宿題が毎日出されているた。四月の今は健康診断などの行事も多く、授業らしきものはまだ始まっていないようだ。
 親にインタビューするというお題は比較的多かった。考えてみたら旅行なんて随分してない。本当に休みがあったら。ひとりでどこへでも行けたなら……さて、どこへ行こうか。
「どこ行きたい?」
 母の心を読むな、息子よ。訂正しますから。
「そうだなあ。家族で行くなら北海道かな。それか沖縄」
 息子の知っていそうな名前を挙げてみる
「すごいね! 一週間で日本の端から端まで?」
ㅤわかっているのかいないのか、いまいち掴めない返事に笑いが漏れた。
「一週間あれば行けるんじゃないかな?」
 そうだね。きっと思い浮かべた時から、心だけは旅に出られる。寝かしつけの前に少しだけ、ふたりで旅行サイトを覗いてみようか。

『どこへ行こう』

4/23/2025, 9:05:36 AM


ㅤ送ったメッセージは、三日経っても既読にならなかった。美優の心には、昔のことがぐるぐる渦を巻きはじめている。
ㅤ最初に距離が近いと言われたのは小五の時だ。自分がなにか場にそぐわないことをしたらしいということはすぐに理解出来た。
ㅤけれど、友達がどうしてほしがっているのかは正直よく分からなかった。だから「ごめんね」と笑うこと以外、何も出来なかった。
ㅤそれからも、似たようなことはたびたび起きた。自分なりにいろいろ工夫しているのだが、「何考えてるかわからない」とか「重い」とか言われた。何もしないのが一番なのではと思って黙っていると、「なんか、美優ちゃん、壁を感じる」と笑われた。
ㅤ答えはいつも相手に握られているのだ。正解か不正解かは、後にならないとわからない。常に後出しじゃんけんをされているような感覚。努力だけで太刀打ち出来るはずも無い。
「また、めんどくさい認定されちゃったのかなあ……」
ㅤスマホを握り締めたままベッドに倒れ込む。声に出して呟くと途端に寂しさに飲まれそうになった。
ㅤ大きくため息をついたところで、手の中の板がブブッと震え、
『ももたさんが画像を送信しました』
ㅤ画面上部に通知が表示される。
『取り急ぎこれだけ見せたくて!ㅤ幸運の印だって(big love)』
ㅤbig love?ㅤなんだそれ?
ㅤ不思議に思いながら通知をタップする。空の写真が目に飛び込んできた。ビルの合間にくっきりとした虹が浮かんでいる。それも二重にだ。
「……ダブルレインボーだ」
ㅤ先月だったか、幸運の証だという会話をしたことを思い出した。
『詳しい話はまたゆっくり聴かせてね!︎‪』
ㅤ追加で届いたメッセージの最後で、ピンクのハートがくるくる回る。最初に届いたメッセージの末尾にも同じ絵文字が踊っていた。
ㅤbig love! はこの絵文字のことだったらしい。もしかしたら、これは地球の愛のおすそ分けかもしれない。まさしく、big love! という感じ。
ㅤ美優の心があたたかいものでほんのりと染められていく。
ㅤ背を伸ばしてベッドの縁に座り直すと、美優は口の端をキュッと上げ、お礼のメッセージを入力しはじめた。


『big love!』

4/22/2025, 9:22:57 AM

 最初のキスを交わしたときにわかった。別れがいまはじまったと。
「どうしたの?」
 涙をこぼす私にあなたは問いかけた。腕の力を緩めて、やさしく頬を撫でて。
 なにがどう違ったのか私にはわからない。なのに、違ってしまったことだけははっきりとわかった。心の奥にささやきが舞い降りる。そんな感じだった。
 説明できる言葉はない。木洩れ日の輝きや、風の香りや、あなたのぬくもりや、フィルムのように焼き付いて、この先何度も思い出しちゃうんだろうなと思うだけ。
 違う場所に来てしまったねとささやかれ、私は夢から引き戻される。引き戻されてやっと、これは夢だったのだと私は知る。
 大事なことばかり、いつも言葉にならない。

『ささやき』
 

4/21/2025, 6:50:24 AM

ㅤ夜に会ったことなどなかった気がする。桜舞うやわらかな陽に、微笑んでくれた顔。こちらを見てベンチから立ち上がる、待ち合わせの朝。
ㅤ胸の前で小さく振られた手がこの上なく愛おしかった。

ㅤなのにいま記憶のあなたは、なぜかほのかな星明かり。


『星明かり』

4/20/2025, 7:45:56 AM

ㅤ今日はもう帰りなさいと、言われるままに電車に乗って最寄り駅を降りた。日の沈まないうちにここを歩くのはどのくらいぶりだろうか。そう思うだけで、自分がひどく落ちこぼれてしまったような気がした。
ㅤ会社を出た時より長く伸びる影を見つめて歩く。さっきまではどこかホッとしていたくせに。自分がいてもいなくても、太陽は沈むし会社は変わらずまわるのだ。
ㅤ国道を大型トラックが、ガタガタ音を立てて走り抜ける。ピンク色の空にすっと伸びる街路樹は、まるで影絵の静けさのなか。


『影絵』

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