裏返し
また!裏返しに脱いでる。毎回、言わせないでよ。
諦めモードで段々声が小さくなってくる。そして、黙って裏返しに脱いで放ってある衣服をまとめて抱えて家事室へ行く後姿を見る事なく缶ビール片手にリモコンをいじり、テレビの操作を行う。ニュース番組に落ち着く。妻は戻ってくると何も言わずにキッチンへ行き、夕食の支度を続けていた。いつもと違う。やはり怒っているのか?
料理が運ばれて来た。好物ばかりだ、今日は何かあったか?思いあたらない。だが、好物は揚げ物、コレステロールたっぷりのものばかりだから、普段は身体に悪いからとそう出して来ないものだ。まぁ、いいか。箸を取り、取り皿に次次と取り、食していく。妻か席に座った時にはほとんどなかった。そして、何も言わずに立ちあがりキッチンへ行き、納豆、野菜の煮物を一人分持って戻り食べ始める。前はケンカになったのに不気味なほど静かだ。次第に沈黙が支配していく。重い。
風呂は湯船にたっぷり湯わ足して入るとザバァと湯が溢れる。とても気持ちいい。贅沢な気持ちになる。
妻が入る頃は湯は半分くらいない。すぐ新しく湯を足すだろうから大丈夫。後で小言を言われるぐらいだ。
だが、俺は甘かった。
朝、寝坊して何故起こさなかった?と言おうとリビングに行くとヒンヤリとした人のいない空気が支配していた。妻がいなかった。朝食の代わりに一枚の紙が置いてあった。離婚届だ。記載済み。
構ってもらう事と楽する事が混ざっていた一連の行動が 愛想を尽かされたのだ。何も言わなかったのは気づいて欲しかったからか。話しをする機会を持つかという試験だったのか。
鳥のように
アホ?
自分の話を聞いた後、呆れたように一言だけ言って順番が回ってきたリンクへ出て行く。すぐに振り返ると手首をつなんで、リンクの中央まで連れて行く。
いい所ばかり見てるから、いつも同じ所で間違えるんだよ。練習しよう。通しでやるか。
スタートの合図がかかり、戸惑っているうちに曲が流れ始めた。蹴つまずいて出だしから冷たい氷に身体を打ちつけてしまった。
早く立って。動けるだろう。
イライラしているみたいで怖い。それでも、手を貸してくれた。
スタート位置に立つ。
白鳥の湖が流れ始めた。ゆっくりと滑り出す。
自分の背後に立つように並んだ時に言われた。
優雅に見える白鳥も水の中では必死に足動かして水面泳いでいるんだ。鳥みたいに自由に飛べていいな、なんて言っているのは現実を見ていないからだ。
だから、俺たちは練習するんだろう?
獲物を狙う猛禽類に見えて来た。でも、厳しいのは当たり前。いつも人一倍練習しているのは知っているから。
さよならを言う前に
言っていない。言わない。言わなくていい。関わりのある人物を頭に思い浮かべるとそんなにたくさんいない事に行き着く。
そうか。広げなかった交友関係の結果だな。
逆に楽だな。この中に自分に関心がある奴がどのくらいいるんだろうか?言わなくていいか。
荷造りをして、必要最低限の物だけを集めたら日用品と一冊の日記帳だけと改めて認識したからか、サバサバした気分に拍車がかかる。
たった一人の家族の兄があの世に行ってから見つけた日記帳には夢や希望、苦しみ、悩みが記載されていた。
迎えの車が来たらしい。いつもと同じようにバックパックを持って外へ出る。何か騒がしい。マンションのエントランスを出るとたくさんの人がいる。
迎えの車の前には見知った顔がある。
お前、何も言わずに行く気だったのか?
腕組して睨んでいる。
言わなかったはずだが?不思議に思い眉間に力が入る。
新聞に載ってんだよ。世界初の有人単独恒星間飛行へ出発ってな。どうせ面倒くさいから誰にも言わないでいたんだよな?お前の兄貴に俺は何て言えばいい?
新聞の一面のトップ記事を見せつける。黙ってさよならじゃないだろう。覚悟してるなら行ってきますぐらい言え!笑って行け。見送ってやる。みんなが来てくれた。お前がどう思っていても、関わってんだよ。
兄の写真を見せる。
俺じゃない、兄貴に言え。さよならじゃないぞ。
兄の写真に自然と所属している軍の最敬礼をしていた。
行ってきます。みなさん、ありがとうございます。
小さいさよならと添えて車に乗り込んだ。
空模様
何もかも予報通りになればいいのかわからない。
こうも今までと違うと統計と観測に基づくデータが努力と共にまた新しく構築していく事になる。
でも、ゲリラ豪雨とか、線状降水帯とかわかるようになったじゃない?地震とかもわかればいいのにね?
そりゃ、研究者の人達は早くわかれば誰も犠牲にならなかったかもしれないって後悔と先に行こうって気持ちがあるからな。こっちはそれが出来るように協力しないとな。だから、文句言わないで今日のデータまとめてくれないか?
ご褒美は?
まったくコロコロとよく表情が変わるもんだな。さっさとまとめろ。終わったら夕食に行こう。角のラーメン家な。特別に餃子をつけてやる。
え〜?またぁ?
いやか?そうか。じゃあ、俺はカップラーメンだから好きなものを自腹で食って帰ってくれ。データはああこごでなら俺が残りはやるよ。お疲れ。
浮かしかけた腰はまた椅子に戻り、パソコンの画面に向かう。帰り支度をしてから、俺の机の上にトートバッグをドサと置くとジッと見つめてくる。
一体、何日カップラーメン?顔色悪いし。
一拍置いてから、仕方なさそうに言う。
空模様が悪いから途中で大雨で攫われちゃったら困るでしょう?わ た し が。家まで送りなさい。お礼に私の手料理を振る舞ってあげる。
俺は外を見た。快晴だ。
何すんだ?
パソコンをシャットダウンされた。
早くして私の心が大荒れにならないうちに。少しは感じて欲しいものね。
強制的に連れて行かれたが楽しかった。
外も満天の星だ。
鏡
セルフイメージではもっとシュッとした顔なんだがなぁと、毎朝無理矢理笑顔の練習。これでニコってされて嬉しいのかな?などあまり自分の顔を見るが、これ以上造作はどうにもならない。化粧も得意ではない。デブが塗りたくってどうする。髪だって背中に人が立つのが嫌で最後に行ったのは二十年も前で、長くなったら自分で紙切りバサミで適当に切っている。
人は見た目で判断するんだから、ちゃんとしなさいって言われるが、ちゃんとしたスーツも何か浮いているようでどうしたもんだか。だからといって服に関心を持つわけではなく、鏡に映る自分とため息をつく。
自分がおかしいんじゃないかって思いながらもどこかに妥協を見いだす。
今の自分に満足していない事がわかる。それを認めないのも。
でも、鏡は見過ぎてはいけない気がする。
違う世界へ行きそうな感じがする。