お気に入りの曲 Fly me to the moon の心地よいリズムにひたっていると、ストンと隣に腰をおろされた。
このまま、どこかに行くか?この曲、そういう意味だろう?リズムが良いから聴いているなら他にもあるよな。
急に何を言い出すのだろうかと、ゆっくりと顔を向ける。少し強張った様子に何かあったのかと自分の中のデータを高速演算する。逃げ出す事をするタイプじゃない。こちらに顔が向き見つめ合う。
昔は月へ行くなんて夢だった。それになぞらえたラブソングだ。確かに手を取って、抱きしめて 好き って言っているって事だとは思うけど、どこへ行くつもりだろう。なぜ、今? 優しい指先が頬に触れ髪をすくわれる。返事は?と問われる。落ち着かなくては事情を聞かなきゃ…おかしな事考えていたら止めなきゃ…。
あっ。また妄想しているな。ドライブでもと思っていたが、別世界に行かされそうだな。
苦笑する姿は苦しんでいるのかもしれない。
別世界に行きたいの?
間抜け!何をストレートに聞いているの!バカバカ!
笑い出された。腹を抱えて、 腹が痛いとまで。
ひとしきりそれが続くので、心配になる。
フゥ。笑ったらスッキリしたな。出かけようか?
お前の別世界から逃れられないな。
ありがとう。悩むのがバカらしくなって来た。
行きたがっていたアンドロメダ銀河観光に行こうか。
あなたの方が別世界じゃない。心地よい…。
逃れられない…頭の中のあなたから。
他人事だった。
ニュースの映像はどうしたら臨場感を出せるか考えているのだろうか?なんて思っている。
いってらっしゃい ただいま の、毎日がなくなるなんて思いもしない。
そうなの?じゃ、そういう体験したいの?
私は嫌。
君はまっすぐに見つめてくる。
そういえば、哀しい事があったと言っていたな。
私は…納得していないもの。
約束した母の日も父の日も誕生日のプレゼントも選んでいないわ。
君はその力強い瞳を潤ませた。
その肩が震えている。
あなた、また明日探しに行こうって言ったじゃない!
君は黒いリボンのかかった写真を抱きしめる。
あぁ、また明日はもう言えないんだ。僕は。ごめんね。
風景に溶け込むように目立たないように息をして、この瞬間を過ごしたい。
こうして良い香りのする紅茶と遠くまで続く緑の山脈を見ながらユラユラと揺れる椅子に自分がどこにいるのかなんて関係ない気がする。
身体の境はどこだっけ?
ただ漂っている。何もない。透明な空間。それでも何かの存在を感じる。
ドンと身体が跳ねた。
どこからか落ちたと辺りを見回す。緑の山脈は変わらず、冷めたカップがある。
胸がバクバクしている。
身体が重い。
また、違うとこに行っていたのね。
膝掛けをかけようとした手を止めて微笑む姿に、ゆっくりと首を振る。
君がいない所なんか行かないよ。
二人でいればいつも透明な世界だから。
テーマ 透明
夢ばかり追って結局何を得た?
答えられないわけじゃない。でも、夢は、思い描く事はいつも変わっていく。だから、そう言われるんだ。
結果が出ない事がいけないのか?
鏡の中で理想のあなたは完璧な事を言って、やれとその眼は訴える。
冷たい鏡越しに合わせる掌は同じ熱を帯びた。
わかったよ。鏡の向こうでは呆れているのか、ニヤリと笑っている。
また明日会おう。
ベッドに潜り込む。今夜の夢は追えるかな。
テーマ 理想のあなた