【あの夢のつづき】
沙織、僕たちの出会いを覚えてる?
忘れもしない、僕たちの出会いはあの丘の上の小さなカフェだった。君は一生懸命勉強していたね。
僕は君の整った真剣な眼差しにすっかり魅了されてしまったよ。なんの勉強をしていたのかな?飲んでいたのは紅茶かな?僕がうっかりスプーンを落としたら拾ってくれて微笑んでくれたね。本当に嬉しかった。ちらと君が必死に書いていたのは、君の将来の目標だったね。
沙織は都心の会社に勤めてるみたいだね。毎日1時間かけて通勤してて偉いよね。僕も同じ方向の会社なんだ。同じ車両に乗ってるけど気づいてる?今朝は僕の方を見てたのかな。気づいてくれてるのかな。うれしいな。僕も沙織の会社を見に行ったことあるけど、あの有名企業なんだね。すごいね。育休制度とか整ってたりするのかな。最近の女の人は子どもを産んでも働き続ける人のほうが多いみたいだよ。君も僕との将来のことを考えてくれているのかな。最近君が帰り際、僕を気にかけて振り向いたりしてくれてるよね。嬉しいな。
最近、沙織の元気がないな。どうしたんだろう。昨日は警察に行っていた。心配だ。君の家から明かりが見える。日課の君のポストをチェックしたけど特に何も出てこない。君が出したゴミ袋も確認したけどご飯を食べれてないみたいだね。顔色も良くない。おかしいな。僕がなるべく君の支えになれるように陰ながら見守っているのに。
君が書いていた将来の目標を思い出す。君は将来転職して保育士になりたいみたいだね。いいんじゃないかな。僕と一緒に目指そう。この扉の向こうに僕たちの未来がある。大丈夫。沙織、勇気を出して。僕たち2人なら乗り越えていける。あの夢のつづきを2人でみよう。鍵は僕の手にある。愛の鍵だ。君のために作っておいたよ。
ガチャリ。
悲鳴。
「う〜さぶさぶ」
年明けが落ち着いた冬の日、冷たい風が吹いて手がかじかむ。手袋をもってくればよかったと軽く悔やみ、リードを引っ張る。リードの先にはお尻が可愛いコーギー。
この寒い中探索に夢中なようで道路をくんくん。電柱をくんくん。草むらを転がったりととても楽しそうだ。
就職してから夢だった犬を飼った。子どもの頃から犬を飼いたかったが、住んでいたマンションがペット禁止だったためずっと飼えなかった。ペットOKなマンションに一人暮らしできるようになってからペットショップにこのコーギーを迎えに行った。
名前はみかん。メス1歳だ。お迎えしてからオレの生活は一変した。何をするにもこの子が中心になった。この子を撫でるのも柔らかく、抱き上げると顔を舐めてくる。お尻は食パンのようで、気がついたら写真を撮っている。携帯の写真はこの子でいっぱいだ。
日課の散歩をしているが、やはり冬は冷たい風が堪える。
「ただいま〜」
みかんの足を洗い、体を拭いてやる。2人で暖房の効いた部屋に入り、こたつに潜る。
「あーーー。あったけー」
こたつのあたたかさが身に染みる。みかんはこたつから顔を出してオレの手を舐めた。あたたかいねと言っているようだった。
私は今、人生の中間地点くらいまで来たが、私は私の人生に点数をつけるとすると60点くらいだ。
生まれてからここまで一生懸命生きてきた。
学校に通い友達を作り勉強をし、受験をし合格した学校はあれだけ勉強したけど結果は並の大学で、やりたいことも特になく、ただのOLになった。就職したが仕事ができず窓際で、その癖結婚だけは100点満点な人とできたし子宝にも恵まれた。やりたい夢は最近できたが、会社の上司からあなたはやればできると言われ、やりたい夢を人生の後半に後回しにして今の会社で育児しながら働いている。
これでよかったのか後悔をたまにする。私の周りの人たちは成功者が多く、比較してしまいがちだからだ。
未来への鍵を、私はちゃんと手に持っているだろうか。あの散らかった部屋のどこかに転がっているのではないだろうか。もしかして、他人に貸していたりするかもしれない。自分の大切な未来への鍵なのに。
頑張って生きてるんだけどなあ。
りーんりーん...か。
電話の音のことかなと思ったが、最近はみな携帯電話で出ている。大抵の人はバイブレーションで、音の設定をしている人の方が珍しく感じる。
りーんりーんは昔の固定電話の音のようにどこか懐かしい感じがする。私がまだ子供の頃は家の固定電話はしょっちゅうりーんりーん鳴っていて、母はよく出て話に花が咲いていたものだった。それが一昔前の当たり前の光景だった。
時代は変わるものだ。
今は私の携帯電話のバイブレーションが鳴るのみだ。
りーんりーんをもう一度過去に戻って聞きたいが、それは叶わないし、もう固定電話も買う予定はない。
私は子供の頃を懐かしみながらラーメンをすすった。
君とは結婚して何年経ったっけ?
そうだ、もう11年経ってたね。
ずっとずーっと好きだった。
本当に色々なことがあったけど、
全てが全て愛おしい。
苦しいことがあった時、
2人で乗り越えていける人と
結婚したいと思ってたけど、
君は私と乗り越えられる人だった。
君がいれば私はなんでもできる。
そう思わせてくれる人。
今回も苦しいけど大丈夫。
きっと乗り越えていける。
いつまでもいつまでも、
君と共に。