『夫婦』
今度の休みどうする?
うーん、どこか出かけようか? 日帰りドライブとか。
いいね。あ、ついでに洗剤とシャンプー買って帰りたい。
食材はいいの?
あー、それも買い足しが必要だー。
寒くなってきたから、通勤時に使うカイロもいるな。
それ言ったら、ボディローション欲しいよ。そろそろカサつくから。
じゃあ、ホームセンター行く?
そだね。夕食だけちょこっと外で食べよっか?
結局いつもと変わらないなぁ。
そういうもんじゃない? どうしても遠出したいわけじゃないし。
まあなぁ、ゆっくり出来ればそれが一番だし。
家が落ち着くって良いことだよ。
うん、居心地がいいのは良いことだ。
夫婦なんて、これくらいが丁度いい。
『どうすればいいの?』
少しの間、スマホが使えない場所にいた――なんてぼかす必要もない。病院で検査入院。
帰宅してアプリを立ち上げ、お気に入りに登録している人達の投稿を読み、どんなお題が出ていたのか確認する。
ほうほう。
もし自分が書くとしたら……
『スリル』『また会いましょう』『子猫』『冬になったら』あたりは、ブラックな落ちになりそう。
『秋風』は範囲が広いな! 真っ先に有名な古今和歌集の歌が思い浮かぶからエッセイ向きかも。
『宝物』『キャンドル』『たくさんの想い出』は、来月ならクリスマス絡みにするのにねー。
などと現実逃避をしてしまった。
留守の間の雨天で籠もった湿気と、溜まった洗濯物と、冷蔵庫に眠っている賞味期限切れの食料品。
どれから手をつけよう。
もう夕方なんだけど。
どうすればいいの?
『ススキ』
脳裏に浮かぶのは、辺り一面のススキ野原。
熟しきり、風に飛ばされるほど綿毛が膨らんだススキの穂が、ふわふわキラキラと輝いている――そんな風景。
人は皆、心の中に原風景を持つという。
それは幼い頃に体験したことだとか、むかし暮らした場所だとか、はたまた記憶の組み立てによって作り出された架空のモノや場所だとか。
人によって違っていて、しかし強い郷愁を感じるそれは、個人回帰の基準点となった。
肉体を捨て、意識体を仮想空間に放流して、全ての人がひとつの大きな海に揺蕩う現在。
自我が拡散しないよう、私は時々そこへ還る。
私はススキ。
あなたは?
『意味がないこと』
「さて、ここには今、あなたとわたししかいませんが、どうします?」
それまで一言も発しなかった人に声をかけられて、ビクリと体が震えた。
恐る恐る顔を上げると、心底つまらなそうな表情が窺える。
「出来るかどうかわかりませんけど、頑張ってここを出るか、諦めてここでなんとか過ごすことを考えるか」
――それとも、すべて投げ出して何も考えず、無為に過ごすか。
すぐには返事ができず、ただ俯くばかりの私に一瞥をくれると、その人はぽつりと呟いた。
「まあ、こんなことを考えるだけ、無駄かもしれませんがね」
恐らく外に出ても私たち以外、誰も生存者はいないだろう。
むしろ、外に出ることで様々な危険を伴う。
かといって、ここにいても食糧がないので飢えることは想像に難くない。
どこから世界はおかしくなってしまったのだろう。
詮無いこととはいえ、考えずにいられない。
某大国の国家元首を決める選挙からか?
その前の北方の戦争か?
それより昔の……
すべてはもう、意味がないことだ。
誰も彼もいなくなった、今となっては。
『柔らかい雨』
一昨日は槍が降った。
きっと、誰かが柄にもないことをしたのだろう。
昨日は天気雨。
隣町で狐の嫁入りがあったそうだ。
今日は、一見普通の柔らかい雨。
パラパラポロポロと降り続いている。
これは誰の何が原因なのか。
もはや天気は単なる気候活動ではなくなった。
どこかの誰かの影響を強く受けているのだ。
激怒すれば雷が落ち、機嫌が良ければ快晴となる。
ただ、どこの誰を由来とするのかは分かっていない。
だからみんなで、その“誰か”を噂する。
「2丁目のAさんが離婚したらしい、そのせいじゃないか?」
「お隣の息子さんが彼女に振られたんですって、だからかも?」
「まさか、うちの教え子が受験に失敗したから……?」
馬鹿馬鹿しい。
天気が変わるたびにこれなのだ。
誰にだって嫌なことや悲しいことのひとつやふたつは起こるだろう。
幸いなのは、自分がみんなに噂されるような人付き合いがないことか。
こんな時ばかりは、ぼっちでよかったと思う。
昨夜、私の愛犬が天寿を全うした。
素直で可愛い子だった。
ショパンの子犬のワルツのように、パラパラポロポロと転げ回っているような子だった。