明日世界が終わるなら
もし明日世界が終わるという予報が出たら。
電器屋さんでダイソンの掃除機を買う。
その後アキレスの瞬足を履いて世界中を走り回り、世界を終わらせる原因を掃除機で全部吸い込んじゃう。
それから、近所の花咲かじいさんをボーイングの上に乗せて、幸せのタネをまいてもらう。僕はその後ろからスカイドラゴンに乗って、英国の老舗、ホーズ社の高級ジョーロで水をまく。ついでに虹も出しちゃおう。
お疲れ様でした、と花咲かじいさんに福砂屋の特製五三焼きカステラをプレゼントし、僕は帝国ホテルでランチをしよう。ついでにちょっとスイートルームで昼寝をしよう。
花咲かじいさんの神通力はすごいから、夜前にすでに、幸せの花が咲きまくっているはず。ビアンキのロードバイクに乗って、笑顔の花々の間を夏風のようにすり抜けていこう。
夕食は。
カレーかな。普通の。ジャワカレーの中辛。
カレーは次の日の朝が美味しいからね。
君と出逢って
若い頃は、出逢いたい、とばかり思っていた。でもそれなりの歳になると、すでに出逢っていた、なんてこともある。
そういった場合は、少し厄介だ。出来上がっていた距離感を、再構築しなければならない。相手だけでなく、周辺に対しても。
僕の場合は結局、上手くはいかなかった。かと言って元通りにもならず、ぎこちなくて友人としても離れてしまった。
致し方ない。それが恋だし、人生だ。
もし学ぶことがあるとすれば、学ぼう、とか、過去の恋の経験を活かそう、などと思わないことだ。
恋に賢さなんていらない。熱さだけで良かった。それが僕には足りなかった。
もし次に恋ができたら、深夜の歩道橋で大声でその人に叫ぼう。
セリフはまだ思いつかないけど、きっと。必ず。
耳を澄ますと
夜、寝るとき、YouTubeを再生しながら目を閉じる。そうしないと嫌なものが聞こえるからだ。
たまに通る車の音や、風の音、あるいは虫の音。こんなものは大した事ない。というか、こういうのは、少しならあってもかまわない。問題は、これらが全くなくなったときだ。
駄目だったな、と。やっぱり駄目なやつだな、と。自分の心の声が湧いてくる。静かであればあるほど、はっきりと聞こえてくる。
そんな声を聞きたくないから、動画を流す。なんでも良い。ニュースでも雑学でも落語でも。自分の声をかき消してくれるならなんでも。
大抵はそんな夜。
でもたまに、あの声は無視しちゃいけないのかな、と思う時もある。もっと耳を澄まして聞くべきか、と。
怖いけど。
戦うときだけじゃなく、寝るときにも勇気が欲しい。もしかしたら、違う声が聞こえるかもしれないからね。
そんな日々。
二人だけの秘密
生徒会室で文化祭の打ち合わせ。
長方形のテーブルに2人ずつ並んで座った。
スケジュールの話。予算の話。演目の話。挨拶の草案の話。
たまに今週のジャンプの話。
その後、食券の話。先生方にアンケートをお願いする話。
書紀が一所懸命メモを取ってくれる。
会長の僕と、隣の副会長は、テーブルの下でこっそり小指をからめる。
小指だけ。
優しくしないで
帰宅するとリビングからピコピコと音がする。
ただいま。
おかえり。テレビを睨んだまま年上の彼女が言う。手元のコントローラーが上に下にと揺れている。初心者の証だ。
どこまで進んだ?
……2−1。
まだ?、と言いかけて、慌てて、そうか、と言い直した。昨日からやってるみたいだが、あまり上達していないようだ。
着替えながらチラッと画面を見ると、帽子を被ったヒゲのおじさんが、穴に落ちてやられたところだった。
なんでこの人、ちゃんと止まってくれないの。絶対に滑って落ちちゃう。いつもここで。
そういうゲームだからね。貸して。そこだけやってあげる。 僕がそう言うと、
あら、やさしい。でもいい。これは私の戦いなの。 話している間も、視線はテレビから外れない。
これは……、そっとしておくべきだな。僕はヤカンに火を入れ、静かにカップ麺の蓋を開けた。お湯を入れ3分待っても、依然としてクリアならず。
今日も僕は、麺をすする音をなんとか抑えながら、彼女の果てしない戦いを見守るのであった。