優しくしないで
帰宅するとリビングからピコピコと音がする。
ただいま。
おかえり。テレビを睨んだまま年上の彼女が言う。手元のコントローラーが上に下にと揺れている。初心者の証だ。
どこまで進んだ?
……2−1。
まだ?、と言いかけて、慌てて、そうか、と言い直した。昨日からやってるみたいだが、あまり上達していないようだ。
着替えながらチラッと画面を見ると、帽子を被ったヒゲのおじさんが、穴に落ちてやられたところだった。
なんでこの人、ちゃんと止まってくれないの。絶対に滑って落ちちゃう。いつもここで。
そういうゲームだからね。貸して。そこだけやってあげる。 僕がそう言うと、
あら、やさしい。でもいい。これは私の戦いなの。 話している間も、視線はテレビから外れない。
これは……、そっとしておくべきだな。僕はヤカンに火を入れ、静かにカップ麺の蓋を開けた。お湯を入れ3分待っても、依然としてクリアならず。
今日も僕は、麺をすする音をなんとか抑えながら、彼女の果てしない戦いを見守るのであった。
5/2/2024, 10:25:13 PM