君は今
デスクに郵便物を届けてくれる若い女の社員がいる。
郵便です。
ありがとう。
いつも機械的なやり取りで終わる。忙しそうに作業している私の邪魔をしないようにだろう。渡したあとはすぐさま踵を返し去っていく。
郵便です。
ありがとう。
いつも通り。のはずだった。封筒の差出人に目を落とす。妻からだ。別居中の。言い知れぬ不安を抱きながら開封しようとして手が止まる。
なんだろう、違和感がある。なんの違和感なのか。
一瞬ぼんやりとして、それからはっと気付いた。
足音だ。郵便物を届けてくれた彼女の、足音が少ない。
視線を感じる。手元の封筒を見ていても感じる、確かな視線。
なぜだ。なぜ君は今、私を見ている。今日に限って、なぜ。
尋ねたいはずなのに、顔を上げるのがためらわれる。
間違いない。
彼女は私を観察している。手を震わせながら封筒を見つめている私を。
物憂げな空
何かがあったわけじゃない。なぜか陰鬱な気持ち。暗い空のせいか。
顔を上に向けた。視線を動かさずにじっと見た。身動ぎせずじっと。ゲシュタルト崩壊で空を壊してやろうと思って。
しばらくして。
鳥の姿が流れた。雲はちぎれて元の形をなくしていった。日の光はより弱々しくなっている。
さっきまでの空が崩れていく。
でもこれ、ゲシュタルト崩壊じゃないな。普通だ。空の普通。いつもの。
ずるいな。そっちはこちらの心に干渉するのに、こっちはそっちに何もできないなんて。理不尽だよ。
帰りにキムチ鍋の材料とクッキーを買った。途中のアイスクリーム屋でトリプルを買った。
これで空からの干渉にバリアを構築できる。曇天なんぞに僕の心を冒されてたまるものか。
小さな命
僕よりも小さな体格のやつには勝つ自信がある。殴り合いでだ。
一つ目巨人のキュクロープスには勝てない。あいつは人間をヒョイっとつまんで飲み込むぐらい大きいからね。
では、どうやって勝とうか。オデュッセウスがやったように、酒で酔わせて目を潰してやろうか。
というふうに、大きなやつはただ力を振り回し、小さいやつは知恵を使おうとする。
自分自身を大きいと思っている時は、雑なことやるけど、小さいと思っている時は頭を使って繊細にやろうとする。
権力を持っている者は、持たざるものに傍若無人に振る舞う。不様に見えなくもないが、本音を言えば、それはそれでいい生き方だなと憧れる時もある。不様だけどね。
時代を考えれば、やはり知恵を頼りに生きる方がいいのだろうね。巨人にならなくても、いや、なったとしても、毎日小さな脳みそをフル回転して生きていたい。
だいたい、僕ごときが誰かを小さく見るなんて生意気だ。何を考えてるんだ、まったく。
Love you
歯ブラシ2本 コーヒーカップ2つ ハムトースト2枚 りんご4分の1を2つずつ
美術館大人2枚 パンフレット1枚
イタリアンのパスタ2人前
カフェのいちごパフェ1つ チョコレートパフェ1つ
新しいネクタイ一本 新しいYシャツ一枚 新しいブラウス一枚 新しいスカート一枚
猫の餌一箱
ハンバーグ2つ ナイフとフォーク2本ずつ サラダ用の皿2枚 ワイングラス2つ
笑顔ふたつ。
太陽のような
オレンジ色の光が全ての命を芽吹かせる。
星を廻し空気と水を循環させる。
昼と夜という変化で命にロマンスを与えてくれる。
太陽はなんて偉大なんだ。
なんてことを考えながら、フライパンの蓋を開ける。
ユーチューブで見た通りの手順でやってみた。
白身で曇らない、きれいなオレンジ色の半熟目玉焼き。
命の根源、いただきます。納豆も食べます。