たとえ間違いだったとしても、僕の選択は正しかった。
証明してやる。
ぽたり、と雫が滴った。
それは僕の頬を伝い、やがて顎から、また落ちる。
「ねえ、ごめん」
彼女の黒髪がカーテンのように光を遮り、僕の視界は灰を被った。
「悪いと思ってるから」
今度は、透明な雫が滴った。
生温い液体だった。
「許さなくても、いいよ」
僕はそろそろ意識を保てなくなって、思わず脱力する。
「なんで…」
やっと、彼女が口を開いて言う。
「なんで、そんなに優しい顔をするの。後悔するじゃない、こんな……、あとなのに」
迷子みたいに弱々しい彼女の声に引かれるよう、僕の手は彼女の頬をさすった。
「お互い様で、ね?」
僕が虚に見下ろすと、刃物が刺さった腹がふたつ、多量の血を流して震えている。
「一緒に死ねるの、嬉しいね?」
最後の力を振り絞って言えば、彼女は怖気付いたように「ひッ」と声を漏らす。
ああ、そんな顔しないで?
僕らはどこまでも一緒。
「ずっと一緒にいようね」って言ったのは、君でしょ?
桜散る、入学式を終えたのだと、改めて実感する。
夢見る心なんて、純粋に持っていたのはいつまでだったろう。
歳を重ねるごとに理解した世の中の理不尽や不条理を無意識に身体に染み込ませて、どんどん捻くれて。
公園で遊ぶ子どもの笑い声に癒され、夢を語る未成年の言葉を心の中で否定し嘲って。
いつまでだったろう、夢みる心なんてあったのは。
今では、出世、金、人脈。
あーあ、純粋さはどこへ消えてしまったのやら。
届かぬ想いを持っている。
身近にいるのに、遠回しに何度も告白をしているのに、言葉に詳しい彼女はいつも知らんぷり。
いっそのこと、好きだから付き合ってくれ、と言えたら良い。
けれど、僕にはそんな勇気がなかった。
「月が綺麗だね」
そう言うと、
「そうだね。雲ひとつない夜空だ」
と彼女は言う。
だから、
「星が綺麗だね」
と言えば、
「明日も綺麗だと良いね」
と返ってくる。
他にも、告白を表す言葉を使ってみたけれど、無反応。
彼女は僕のことが恋愛的な意味で好きではないのだと、良い加減に気づいている。
これは届く、届かないやら。
今は彼女の隣にいられるだけで満足できる自分の欲が増えていくようで、少し怖かった。