【お題】別れ際に
「もう帰っちゃうの?」
【お題】秋🍁
秋は彼の季節だ。
名前に“秋”という字が入る彼の。
秋は真夏の茹だるような暑さがなく真冬ほどの寒さもないので過ごしやすくて良い季節だと僕は思う。
それに秋は【読書の秋】【芸術の秋】【スポーツの秋】などと言われるように何かを始めるにはうってつけの季節だ。
【食欲の秋】なんていうものもあるけれど。
そして夜になれば秋の虫たちの鈴を転がしたような澄んだ清らかな声が聴こえる。
「ねえ、君はどうして僕が好きなの?」
貴方はそう僕に問いかける。高すぎずけれども低すぎない澄んだ声で。
「こんな……地味で、目立たなくて、ひねくれもので何も無い僕なんか……っ?!」
僕は思わず彼を抱きしめていた。
「貴方は素敵な人です」
この人はどうして自分をそんなに卑下するのだろうか。こんなに魅力的なのに。
「僕は貴方より優しくて温かくて美しい人を知りません」
抱きしめた彼の熱が心地良い。
「僕は別に優しくなんて……」
こんなに言っても彼は自分を否定する言葉を吐く。
「優しいですよ。しかも誰にでも分け隔てなく」
僕がその相手に嫉妬するくらいに。
それでも彼は自分を卑下する言葉を続ける。
「っ……そ、それに美しいなんて言葉。僕には一等似合わない形容詞だよ」
「僕の大切な貴方を貶す言葉はたとえ貴方でも許せません。ましてや他の誰かの言葉なら尚更。」少しだけ声を低くしてそう囁いた。
許せないし許さない。愛しい彼を貶す言葉を吐くのは誰だろうと。
少しだけ彼を抱きしめる力を強める。
「わかりました。これから貴方がどれだけ美しくて魅力的で僕を誘うか教えてあげます。秋の夜はまだまだ長いので覚悟してくださいね」
【続きます!】
【お題】窓から見える景色
季節が変わりはじめている今日この頃。まだ少しだけ夏の気配を残しながらも夜になればスズムシやコオロギの鈴を転がす様な声が聞こえる。
季節はもうすぐ秋になるのだ。
僕は何気なく窓から外を覗いた。今日は綺麗な秋晴れでなんだかそれだけで嬉しくなった。
そうして窓の外の景色を見ている僕の目にもう一つ嬉しい出来事が写った。
彼だ。
彼が僕に会いに来た。
自惚れているなとは自分でも感じている。それでも彼がここに来る理由は自分くらいしか思い当たらないので仕方がない。
黒くサラサラした髪に黒い大きめの瞳、黒縁のメガネをかけた少し猫背の青年。少し長めの前髪が秋風に遊ばれるように揺れている。
そんな彼を凄く……“綺麗”だと思った。
いや、彼はもともと綺麗で可愛い。
本人は自分をよく卑下しているけれど僕からしたらこんなに綺麗で美しくて可愛いくて愛おしい子は他には知らない。それは外見の話だけではなく内面も全て含めて。
無意識にじっと彼を見つめていたら不意に彼がこちらに目を向けた。
瞬間バチッと目が合った。
途端、彼の黒曜石のように煌めく大きな黒い瞳がこれでもかと大きく見開かれる。
そんな表情も可愛い。
手でも振ろうかと考えているうちに彼はまた少しうつむきながら歩き始めた。
でも僕は見逃さなかった。彼の控えめな白い耳が赤く染まっていたことに。
【お題】形の無いもの
この世には形の無いものなんていうのがたくさんある。
それでも……確かに存在している。
愛に形なんてものはないけれど確かに存在しているんだ。
僕は君が好きだし。
君も僕が好きでしょう?
正直、こんな僕のどこが良いのか本当にわからないけれど。
こんなことを言ったら君は怒るかな?
それとも悲しむのかな?
「貴方は本当に魅力的な人なのに……」
彼が情けない表情でそう呟くのが目に浮かぶ。
華やかな顔立ちで僕とは真逆の彼の捨てられた子犬みたいな顔を思い出して小さく笑う。
そんな彼がどうしようもなく愛しい。
この“愛しい”という気持ちにも形はないし目には見えないけれど確かに僕の心に存在しているんだ。
【お題】ジャングルジム
ジャングルジムといえば小学生の頃に誰もがてっぺんを目指してのぼったことがあるだろう。
ジャングルジムのてっぺんに座り見た景色は登りきった達成感と共になんとも言えない高揚感を感じるのだと思う。
だけど僕は昔から高いところが苦手だったのでその感覚を味わった過去は無い。
同級生の真似をしてジャングルジムを登ろうとしたことはある。それでも……どうしても高いところが怖いので途中で諦める。そのくりかえし。
今でも高いところは怖い。
他人から「なんで?」と聞かれるとなんでなのかそれは自分にもわからない。
ただ、高いところに行くというだけで心臓が早鐘を打ちはじめ冷や汗が流れ手足が震えだす。
そんな僕もいつの間にかしがないつまらない大人になってしまった。楽しくもない仕事と上司のご機嫌とりに嫌気がさす。
昼休み。
鬱々とした会社の外に出たくて昼食を食べるために入った小さな公園にジャングルジムがあった。他にもブランコと滑り台、パンダを模した遊具がある。
その中でもなぜかジャングルジムに心を惹かれた。
そして同級生の真似をして登ろうとしたけれど高いところが怖くて登れなかったあのジャングルジムを思い出した。
確かに僕はジャングルジムのてっぺんからの景色も達成感も知らない。
それでも、あの時間がかけがえのない時間だったと今ならわかる。
楽しかった。
そう、とても楽しかったのだ。あの頃がどうしようもなく。
昼食を食べ終えて見上げたジャングルジムと青い空は仕事で沈んだ僕の気持ちを少しだけ明るく上向きにしてくれていた。