22時17分

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12/19/2024, 9:33:56 AM


冬は一緒に、清廉な湖に飛び込む。
ダイブ……、モノの重力法則に従って、水深数メートル沈んだのちに、モノのなかに込めた冬は、一気にその力を発揮した。

生まれたばかりの赤子が元気な産声をあげるようだった。
1000万分の1に圧縮され、金属製の特別な殻の内側に凝縮された。
化学兵器だった。量産などできない。一発限りだ。
核の炎の冷気バージョンと言ったほうがよかった。
この世界において、最恐を誇る、唯一無二の、質の高い冷気。
広がる。瞬刻的に世界を、瞬く間に冬にしていく……

兵器は空から落とされたが、詳細な説明はされなかったであろう。
上層部に使い捨てられた一兵卒たちは、飛空艇ごと産声をあげたばかりの冬に飲み込まれた。
世界を包んでいた蒼穹の空は、色はさらに青くなり、濃くなる。円球に、拡散する。
怜悧たる鋭利な空気圧で、一部のオゾン層が破片のごとく、宇宙へと弾け飛んだ。

兵器が落とされた湖……。
かつてその湖は、龍が棲んでいたという。
一人の少女と凶暴な赤い龍。やがて少女は龍の怒りを鎮めたとし、後世に至るまでに神格化されていった。
歴史を紐解けば分かるが、その少女は湖を棲家とする龍の生贄だったという。その伝承すら軽く吹き飛ぶように、跡形もない氷にした。

「……ほ、本当に、これでよかったのですか?」

愚鈍な上層部は、宇宙船の窓から戦果を確認していた。
あまりの暴虐さの目撃者になって、絶句だ。
部下の一人が代表するように、確認の意を表してしまった。
上層部の権力者は、違う。
その言葉は通り過ぎた。
しかし、長すぎるが時間的にはあっという間の沈黙の末に「……素晴らしい」と小さく呟いた。
そして、まくし立てた。

「素晴らしい! 何という力だ! これが、これが神のチカラ……。最高だ!」
自軍の化学兵器の味に酔いしれたようである。
「これをあと二つ、いや三つだ! 三つ作れば……、クックックッ、この星は、わが国の掌の上……!」

一つ作るのに100年を要している。
何千万もの人間の寿命を生贄に捧げて、天候を操るほどの致死量の解き放つ。一体、どれくらいの生命を無下に扱っただろう。動物、植物、人間。文化、伝承……
着地点をその湖にしたのも、すでに述べた通りである。単なる験担ぎであるが、上層部の頂点にまで上り詰めた権力者にとっては重要だった。
権力者は人間である。
それも不死性を獲得した、愚かなる老人……。

ある種、人間らしいと言える。
宇宙船を作り、空を突き抜け宇宙へたどり着き浮遊する。すると神視点となって世界に限界があると知った。
視界一面に見える、すべてのものをすべて手に入れたい。手に入れようとする。

しかし、人間とは神のように「UNIQUE(ユニーク)」を作ることができない。万に一つとして、彼は愚かだったが復讐心で以てもう一人現れてしまう。
同じ場所、同じ時間、同じ種族。
自分の作りし科学兵器「冬」を目撃してしまった天才科学者である。

すぐさま軍を抜け、対抗するように科学兵器「夏」を作った。込める様態は真逆だが、構想と技術はほぼ同種。100年かかるところを10年で作り終えた。
そして、夏を解き放ったのである。
彼が抜けたことで、二発目の「冬」が作れなかったこともあろう。

「冬」は、10年天下の後に「夏」の燎原の瞋恚の炎(ほむら)を許し、宇宙の一部をあぶった。
愚かな決断をした宇宙船を破壊せず、わざと蒸して中にいる愚かな老人を干からびさせたのだ。

「これで……、良いだろう」

科学者は天才であったが、心が真っ黒に塗りつぶされたため、この星を破壊した。
復讐は終わった。
燃え盛る夏と凍てつく冬。
どちらも見える山の懐を死に場所に選んだ。人間らしい理由である。
自転するが、一回転。
倒れるように息を引き取る。

この世に、天国と、地獄が、あるなら……、俺はどちらに逝くのだろう……。

その時、龍は現れた。
背中に少女を乗せた、赤い龍が。

12/18/2024, 9:48:12 AM

とりとめのない話をしよう。
ついさっき仕入れたもので恐縮だが、僕は夜の電車内で通勤電車に揉まれていた。
もう冬だ。昼と夜の寒暖差もそこまで感じない冬だ。
見渡すと、だいたいの人がもっふりとしたコートを着込んでいる。
手袋をしている人は少なめ。
まあ、スマホをいじくりまくってるから、弊害にしかならないだろうな。

もちろんマフラーをする人もある程度は……と目を向けると、ある人の首元に視線が絡まった。
たぶんマフラーをしていたと思うのだが、そのねじりの布に絡まるように、「とあるもの」が飛び出ていた。

ほら、なんというんだ?
服の値札とかについている、透明で細いチューブの、「くりん」と曲がったプラスチックの。
それを見つけた。
僕はなんというか、もしかして新品のマフラーなのか。と思った。アレが単体で絡まることなんてありえないから、もしかしてマフラーの中に値札が?
いや、でも……
その人の年齢は高齢に片足突っ込んでいるようなもんだ。視線が絡まると思考も絡まってしまう。
新種のキノコでも見つけた気分になった。

その人は、次の駅で降りていった。
特に気づく様子もなく、そして「あの……」と声を掛けるものもいない。遠ざかる謎……、男性。
はて、でかい埃と間違えたのかな。

12/17/2024, 9:49:15 AM

冥王星が「風邪」をひいて軌道がおかしくなったから、太陽系から仲間はずれになってしまった。
こんなもの、ほんの数日のものだ。病気が治れば元通りになる。

しばらく経って、太陽系に戻ってみるが、状況は戻らない。
どうやら冥王星がそれに属する基準を決めているのは総意ではなく、一つの星の意見。それも星に住んでいる生物の、一種族のみであると知った。

しかし、それを知ったところで冥王星は怒らなかった。
その星と冥王星の距離はかけ離れていて、少なくとも雲泥の差の、四百倍は離れている。
それを踏まえて彼らを見ると、仲間はずれにされていないと知った。一つの星が、この太陽系の長を……裸の大将になっているのだ。

それなら気に留める必要なんかないか。
冥王星は、他とは違う自分の軌道に誇りを持ち、他の惑星と同様に回ることにした。
集団に属すとは、このようなものだ。

12/16/2024, 9:24:43 AM

雪を待つ駅のホームに、しゃがれ声の列車がやって来た。

昭和初期の時代から活躍し続けた鉄道である。
今のように電気で自走するような車両ではない。
墨の泥で塗り固めたような、黒々とした外装で、煙突からもくもくと、白い煙を吐き出し続けている。

動くこと自体稀有に近い様子だが、それは外装だけの見た目のみである。
石炭ではなくディーゼルエンジンで動いている。このモクモクとした煙も、実はハリボテ。ただの水蒸気である。
それでも、今の世の中では、電気代がかかることが特権扱いとなっているため、エンジンも車体も馬鹿にされている。

田舎のホームである。雪のカーペットはまだ敷設されていないが、寒さだけは一人前である。
都会へゆくための唯一の足である。
普通なら閑古鳥が鳴き喚いている石段のホームだが、今宵は大多数が待ち望んでいる。

待望の列車が来、大多数が乗り込む。
猶予のある時間が過ぎ、山を越えるような嘶ける唸り声を上げて、古びた列車はホームから発車した。
ゆっくりと、スピードを上げて巣立っていく。

ホームに一匹残し、列車は去っていく。
大多数の正体は寒さに弱い人間であり、一匹のそれは寒さに強いペンギンである。
ペンギンは、雪を待つ駅の駅員だった。

明日になれば、この地方には雪が降るという。
大豪雪だと。天気予報は真っ赤な警告を出し、ゴチャついた日本語ばかりを発している。
古い時代からすれば、壊れたラジオ。
周波数を間違えて今さら玉音放送をしている感がする。

ペンギンの駅員は、ゆく列車を見送るように、ちょっと短めな手で帽子の庇を改めた。
そして、ペタンペタンと可愛げな足音で寂しげに歩いていく。駅員室に戻る頃には、ホームは今年の雪を知るようになる。

行く列車があれば来る列車がある。
誰も知らない、降り積もるホームに先ほどの列車が帰ってきた。
誰も降りない……と思いきや、乗客一匹を降ろした。

「きゅう」

白いアザラシは、ザリザリと、十センチの雪をかき分け、ペンギンのところにやって来た。

「今年も来たのか」
「きゅう!」

白いアザラシは元気よく返事をした。
雪上になりゆくホームを、雪に強いペンギンらは腹ばいでスイスイ滑っていく。
シンシンと降り積もるなか、二匹は雪上家である駅員室にて夜を過ごす。
一方は寂しくなんかねぇぞと笑い酒を飲み、一方は今年の冬こそかまくらを作って過ごしたいと、懸命に鳴いているらしい。

12/15/2024, 9:02:34 AM

とある地方で「イルミネーション」をしている所がある。それも2軒。
どちらも寒さがめっきり深まった冬の夜になると、外壁を彩るように、LEDライトの自宅仕様のイルミネーションをするようになる。夏などはしない。

僕としては、イルミネーションは電気代があり得ないほどかかると思うのだが、たぶんどちらも富裕層なのだろう。電気代など気にしたことはない。
ワンボックスカーとか、ゴツい高級車が軒先に停車しているし、一方は野球ベースを改良した物がある。
野球少年を飼っているのだ。
金曜日の夜、夜が深まったその道を通ると、軒先の野球ベースに立って三振しまくっている少年を見ることができる。通行人には見もしない、真剣だ。ブレない目を持っているな、と思っている。

イルミネーションの話だった。
どうやらどちらも我が子を喜ばせたいからそうするらしい。
一方は、外壁にツリーの形を彩っている。
上から下へと、光の流れを汲んでいる。本当はLEDライトの網が張り巡らされていて、ただの点滅だが、間近で見ないとそのことには気づけないものだった。

もう一つは色とりどりが光っている。
こちらは単純な作りだ。
ポーチの天井にLEDライトの網が設置されて、ただランダムに点滅されているだけ。違うのは、こちらのほうが色使いが多いということ。
赤青黄緑紫……そんなものが満天の星空のように光っている。

そういえば深夜も光っているのだろうか。
その辺は確認してないが、光っていそうな感じがする。

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