お金より大事なもの
わたしにはともだちがいる。
そーせきというやつだ。
そーせきはひとりで何もできない。
だから、わたしが毎日あさおこしてあげるし、ごはんもつくってあげてる。
わたしがほいくえんに行ってるあいだはいい子でまってるんだよ、とまいにちまいにち口をすっぱくしていっている。
きっとそーせきの耳にもわたしとおなじようにきっとタコが住んでる。
そーせきは、ある日さえこがひろってきた。こまった時に使いなって言ってわたしに渡してきたけど、ひろってきたのにさいごまでめんどうをみないのはよくないとおもう。
国がみとめたどれいしょー、ってお仕事らしいけどどれいしょーにもやっていいこととわるいことがあるとおもう。
けど、わたしはえらいからまいにちちゃんとめんどうをみてあげている。
ママが、お金は大事にしなさいってずっとおこってたことをわたしはしってるから、お金のひとりらしいそーせきのことをわたしはたいせつにしてあげているのだ。
けど、ある日さえこがお熱をだした。
さえこの元気がなくて。カップラーメンがいいっていってもにんじんがはいってるポテトサラダとお魚を作ってくるいじわるなさえこがいなくて、ベッドでねてくるしそうにしている。このままだとママみたいにさえこがいなくなっちゃいそうで、こわくて、ないたらママにおこられちゃうってわかっててもなみだがでちゃいそうだったとき
「私を使いなさい」
そーせきから、こえがきこえた。
「冴子のために私を使いなさい」
はじめてきいたそーせきの声は、なんだかえらそうだった。
「偉そう、ではなく偉いのだ。所謂付喪神、というものだな。美琴の真心と魔力を受け続け、些か癪ではあるがそーせきという名を与えられたA123316Bという千円札に私という人格が宿ったのだ」
そーせきの話はむずかしかった……
さえこがいつも、はなしがながいやつはぶっとばしたくなるって言ってたのをおもいだして、急いでさえこの方をみたけど、さえこは変わらずつらそうにねていた。
「冴子には聞こえんよ、というか今の時点では私の声を聞き取れるのは美琴、お前だけであろう。そんなことより、今お前は冴子のために何かをしたいと思ってるのだろう」
そーせきは、いつものばしょから動いてないけどかわらずわたしには話しかけてくる。
いままではなしかけてもかえしてくれたりしなかったのに、とか、口がうごいてないのにどこからこえがきこえるのかとか、わからないことはたくさんあったけど、でも。
「うん、さえこにげんきになってほしい」
そう言葉にして、そーせきに伝えた。
「うむ、ならば私を持って行って冴子のために薬を買ってやればよい」
さえこのおくすり。それがあれば、きっとさえこは元気になる。そうすれば、さえこはこれからもわたしのそばにいてくれる。
なやむことなんてないはずなのに、わたしがうごけないのは。
「でも、そーせきは……」
「ああ、私は美琴とはお別れ、だな。それにおそらく定着しきってないいま、美琴の側を離れた場合私に宿っている意識もまた消失することだろう」
そう、そーせきとはもう会えなくなってしまう。お金は大事にしなきゃいけないのに、わたしにとってそーせきも大事なのに、さえこのためにわたしの大事のために、わたしの大事がいなくなってしまう。
それは、そんなことは……
「それでいいのだ。美琴、お前は優しい子だ。ただの千円札である私に意識が宿るくらいにはな」
「けれど、優しさは有限なのだ。より大事なもののために、大事なものを諦めねばならぬ時もあるのだ」
「お金より大事なもの、そのために私を使うといいさ。それが私にとって大事なもののためでもある」
わたしは……わたしは……
ゆっくりと、そーせきに手を伸ばすと、そっと友達を折り畳み、ポケットにしまいこんだ。
赤い糸
昔から私には赤い糸が見えた。
運命の人と繋がっているという例のあれだ。
といっても、見えるのは自分の糸だけ。
見えたての頃は、この先に私の王子様がいる!!!!
なんて思って興奮したけれど、そのドキドキはすぐになくなってしまった。いや、しらけてしまった、というのが正しいのかもしれない。
この糸、定期的に切れる。
何を言っているか分からないかもしれないけど、私の運命の赤い糸は定期的に切れるのだ。1週間持ったら長い方。短いと5分とかで切れて、また新しい赤い糸が延びる。
頭の悪い私なりに考えた結果、運命なんてものはきっとないのだ、という結論にいたった。きっと、今この瞬間で切り取ったら私と幸せになってくれる相手というのはいるのだろうけど、世界中の人間が何か一歩行動すると、きっと変わってしまうんだ。
だいたい、この赤い糸どこに繋がってるか分からない。
何度も繋がってる先まで私の方から殴り込んでやる!!なんて考えたことはあるけど、いかんせんこの赤い糸寿命が短い。
先まで辿り着く前にプツンと切れて、またあらぬ方向を指してしまう。
そんなことが積み重なった結果、私は運命なんてものを信じなくなっていた。ついさっきまでは。
私は人生で初めて、自分のかぼそい赤い糸が指し示す人物と出会ってしまった。どうして、こんなことになったのかは分からない。
そもそも、今の状況自体把握しきれていない。
けど、確かに私の赤い糸は……目の前の誘拐犯と繋がっていた。
入道雲
入道雲ってさ。
ついぞ、その先の言葉を聞くことはできなかった。
道路の真ん中で、彼がそう言った直後俺は彼の手によって背中を強く押されて転ぶように前に進んだからだ。
何をするんだ。
そう言おうと思った瞬間に被さるようにキキィッという急ブレーキ音が聞こえ、人の身体が地面に落ちる鈍い音がした。
振り返った先に見えたのは紛れもない地獄と、綺麗な青空にどっしり構える入道雲だった。
入道雲を見るたびに思い出す彼のこと。
彼はいったい何を言おうとしたんだろう。
今年もまた入道雲の季節がやってきた。
「入道雲ってさ……」
「……いや、なによ。入道雲がどうしたの」
隣で彼とよく似た顔をした彼女が怪訝な顔をする。
血縁があるとはいえ、やっぱり似ている。
「入道雲だよなぁ」
「はぁ…うちの旦那がまた兄貴みたいなこと言い出した」
ほんと。似たもの同士だったよね、と溜め息をつきながら言う彼女……いや妻か。妻の言葉を聞いて、もしかして続きなんてなかったのか、と入道雲に問う。
当然入道雲は何も答えてくれなかった。
夏
夏の草原に銀河は高く歌う
胸に手を当てて風を感じる
ふと、頭の中に流れだすメロディ。
これは……そうだ、高校の合唱コンクールで歌った歌だ。
当時も理由はないけど気に入っていたフレーズ。
たまに込み上げてくる思いで立ち止まってしまいそうになる。
いったい、どうしてこんなにも……
思わず足を止めて目を瞑って考え込んだ次の瞬間。
瞼を開いた先に広がっていたのは、銀河だった。
一面に見える星々の光。
少し濡れた匂いのする草花。
草を揺らす風の音だけがする静寂。
ここは……どこだ。
という自分の考えに被さるようにして思い出す。
僕は知っている。
ここは那須高原だ。
小学5年生の時の塾の集中合宿の夜の景色だ。
そう、ぼくは2日目の夜に彼女と一緒に夜空を見に抜け出して……
彼女って誰だ。
「- -」
空から音が降りてきた。何か話しかけている、とは分かるけれどぼくはその音を声として認識することができなかった。
視線を上げる。
そこには空を埋め尽くす勢いで広がる光る円盤のようなものが。
「…ゎ…し…ぅ…に………なれた……ね…」
街
雲を抜けると、切り裂いた先から街が広がっているようだった。
ぐんぐん、ぐんぐんと街が近づいてくる。
素直に、きれいだなぁと感じる。
住み慣れた街が近づくにつれて、ああ帰ってきたんだなと実感し、聞き慣れたCMのメロディが再生される。
なんだったっけな、そうだ。あったかホームが待っている、みたいな。もう記憶は朧げだけど。
家に帰って、お母さんの作る唐揚げを食べたい。
温かいお湯に浸かって、風呂上がりに牛乳を飲むんだ。
なんて、なんて、素敵なんだろう。
ただ、心残りは……
ごめんね、みんな。空でまだ戦っている仲間たち。
先に、いくね。