入道雲
入道雲ってさ。
ついぞ、その先の言葉を聞くことはできなかった。
道路の真ん中で、彼がそう言った直後俺は彼の手によって背中を強く押されて転ぶように前に進んだからだ。
何をするんだ。
そう言おうと思った瞬間に被さるようにキキィッという急ブレーキ音が聞こえ、人の身体が地面に落ちる鈍い音がした。
振り返った先に見えたのは紛れもない地獄と、綺麗な青空にどっしり構える入道雲だった。
入道雲を見るたびに思い出す彼のこと。
彼はいったい何を言おうとしたんだろう。
今年もまた入道雲の季節がやってきた。
「入道雲ってさ……」
「……いや、なによ。入道雲がどうしたの」
隣で彼とよく似た顔をした彼女が怪訝な顔をする。
血縁があるとはいえ、やっぱり似ている。
「入道雲だよなぁ」
「はぁ…うちの旦那がまた兄貴みたいなこと言い出した」
ほんと。似たもの同士だったよね、と溜め息をつきながら言う彼女……いや妻か。妻の言葉を聞いて、もしかして続きなんてなかったのか、と入道雲に問う。
当然入道雲は何も答えてくれなかった。
6/29/2023, 10:17:53 PM