夢見 月兎

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9/7/2023, 1:30:57 PM

#踊るように

 貴方は優しくて、お人好しで、英語が苦手な男の子。
 告白したとき、照れ臭そうにOKしてくれたのがすごく嬉しかったわ。
 初めてのデートは水族館。イルカショーでずぶ濡れになって笑いあったわね。夏祭りで花火をバックにキスをしたのは、今思い出してもドキドキする。他の人は上を見てるから気づいてないよ、なんて本当だったのかしら? 一緒に過ごして、思い出もたくさん作ったわ。

 ――そして、知らない一面も知ってしまった。

 貴方、本当は英語もできるでしょう? わざとらしく苦手を作って親しみやすさを演出してるのね。お人好しなのは、必要なときに借りを返してほしいから。デートだって、ほんとうは興味がない。そして、――――私のことを考えが足りないバカだと思っているでしょう?
 でも、良いわ。貴方の手のひらで踊ってあげる。そんな貴方も愛してるもの。


【やっぱり、貴方の言う通りかしら?】

9/7/2023, 7:38:27 AM

#時を告げる

 若い男が個室に通され、そわそわと待つこと数分。女が柔らかな笑みを携えてやってきた。

「久しぶり」
「中々、会いに来れなくてごめん」
「気にしないでいいよ。お仕事、頑張ってるんだもんね」

 隣に座り、手をそっと握ってくれた彼女は不満を一欠片も見せずに不義理を笑って許してくれる。それどころか、こちらを気遣って労りをくれた。
 なんて、優しいんだろう。
 生半可なブラック企業も裸足で逃げ出すダークネス企業でこき使われて溜まりに溜まった負の感情が、彼女に会うだけで溶けていく。
 うちの良いところなんて、労働に見合った給金は保証されることだけだ。給料が下がったら、すぐにでも転職するつもりだが、いまのところその機会はない。そのせいで、すっかり社内で古株になってしまった。昨日も16連勤した新人が外回りに行ったまま失踪して、その後始末を押し付けられたのだ。

「――あ、ごめんね。また愚痴っちゃって」
「いーよ、いーよ。私でよければいくらでも聞くから、ぜーんぶ吐き出しちゃお!」

 彼女に甘やかされてばかりだ。たまにはお返しがしたいのだが、プレゼントを渡しても困った顔をして「会いに来てくれるだけで十分だよ」と言って受け取ってもらえない。欲が無さすぎてこっちが困る。
 結局、いつも通り、包容力に抱き込まれ幸せにまどろんだ。嗚呼、もう全て投げ出してずっと一緒にいたい――――。




 
 ――ピピッ、ピピッ





 無機質な音が夢を裂いた。


【お金が有れば、また会いましょう】

9/2/2023, 6:34:24 AM

#開けないLINE

 薄々、予感はしていたの。

 たとえば、私の話しに興味がなさそうになったとか。
 たとえば、デートを断られることが増えたとか。
 たとえば、一緒に居ても他の人を目で追っているとか。

 それでも、徐々に近づく終焉の足音を振り払おうと自分なりに頑張ったんだよ?
 いろんな話題を探して、めげずに話しかけて、おしゃれにも気を遣った。――だけど、ダメなのね。
 スマートフォンに写るポップアップを電源を落として黒く塗りつぶした。せめて、明日まではあなたの恋人で居たい。最初で最後のワガママだった。


【未読無視してごめんね】

8/31/2023, 2:44:03 AM


#香水

 空中にワンプッシュ。部屋に広がる香りを胸一杯吸い込んで顔をしかめる。

「ちょっと違うんだよなあ」

 求めているのは、もっと刺激的でセクシーな香りだ。似ているけど足りない。完成するにはひとつの香りが欠けている。
 身軽になったあの人は別の魅惑的な香りを身に付けて次の人を口説いてるのかな。やっぱり「気に入ってくれたなら、一生これ使うよ」なんて、嘘ばっかり。
 唯一手元に残った香水瓶を揺らすと、半分満たない液体がちゃぷんと踊った。


【瓶詰めされたラストノート】