オレンジ色がぼんやり滲む。表面張力で何とか潤いを保っていた瞳は今にも限界を迎えそうで。
嗚呼、どうして夕方というのは人をこんなにもセンチメンタルにさせるのか。
ベランダで一人、柵にもたれかかっていた男は気だるそうに煙を吐いた。
何だか煙草が目に染みるなあ。ボタボタっと大粒の涙が落っこちるも構わずに空をゆっくり見上げ続ける。
失敗した大きな商談、突然別れを切り出してきた元カノ、自ら命を絶った親友、脳裏に浮かぶのはこんなことばかり。
人生というのはおしなべて何かを失ってゆくものなのだろうか。
分からない、何も。
それでも煙草の苦味が今はとても心地良い。
自分の頭の中にはやりたかったこと、やらなければならなかったことが常に字面で揺蕩っている。
きっとこれが本物に彩られていたらば、心は弾み踊っていたのだろう。
けれど全ては叶わなかったこと。ココロはオドラナイ。
人々は寝静まり、辺りは目を凝らしても闇闇闇、ひたすらに闇
自分の足音だけが夜にぽっと浮かんではすぐさま溶けていく
B男は鍵を差し込み、ガチャリと音が鳴るのを確認してゆっくりと回す
家の中はまるでもぬけの殻のような静けさだった
家族が眠っているのを起こさぬよう、スマホの灯りだけを頼りに抜き足差し足忍び足で自分の部屋へとゆく
こんな時間だ、風呂は明日の朝でいい
時計の針は0時をとっくに回っている
服を着替えて勝手知ったる自分の寝巻きに身を包む
そのままぼふりと疲れた身体ごとベッドへダイブする
重くなった瞼に抗うことなく外界からの刺激を全てシャットアウトした
明日は朝イチでバイト、その後は講義があって、終わったら高速に乗って県外へボランティアだ
薄れゆく意識は翌日のスケジュールを確認するように暫し現実と夢の狭間を揺蕩う
卒業論文を纏めたり、国試の勉強もどこかの時間ではやらねばなるまいという焦りにも似た緊張が脳みその隅っこで確りと主張している
一体いつまでこんな生活が続くのだろうだとか、そういった思考回路を持ち合わせる気力は無かった
力を込めて、それでいて優しく
この塩梅が案外難しいのだ
痛みはないか都度確認すると、額に汗を浮かべて眉を顰めている男はいいから気にするなと顔を隠す
折角の逢瀬だ、確りと愛を伝えたいのだ
相変わらず顔を隠す腕をそっと外し、汗ばむ額に唇を落とす
ぴくん、と身体を震わすその様が一々可愛らしい
想いが通じ合うのはこんなにも心躍ることなのだという事を改めて教えてもらっている気がする
ありがとう、これからもよろしく
我が相棒よ
オレンジと青のグラデーションが空一面を彩る。
夕暮れ時、人はほんの少しセンチメンタルな気持ちに浸るのかもしれない。
私はあの時どうすれば良かったのだろう。
過ぎし日に思いを馳せるも未だに答えは見つからない。
差し出された手を握れなかったこと、海に思い切って飛び込めなかったこと、話を聞いてあげられなかったこと、エトセトラ。
そのうちオレンジと青が溶け合って混ざり合う。
まるで私の気持ちみたいに、感情の渦が綯交ぜになってその中に呑み込まれてゆくようだ。
悔いが無いと言えば嘘になる。でも今更後悔はしたくない。
そんな二律背反な私をどうかどうか受けとめて。