SNSで知り合った人と、勇気を出して会ってみた。
実際はどんな人かわからないまま会うのは怖かった。
何度も通話したり、他の人とのやりとりもチェックしたりしたから、大変なことにはならないとは思うが、待ち合わせは家から離れていて、人通りが多いところを提案した。
実際のその人はイメージしていた以上に和やかな人で安堵する。近くなカフェに入り、ぎこちなく話し始める。チャットではお喋りだった自分に恥ずかしくなった。知り合ったきっかけであるSNSで、最近呟いたことの近況についてや、そもそもお互いのアカウントのどこに惹かれたのかチャット欄を開きながら記憶を辿るように話し出せば、だんだんと言葉が出てきた。
この人の年齢や職業や住んでるところは気になるが、今更聞くのも悪い気がするし、知らせなくとも話せるのがこの関係の良いところでもあるから気が引けた。
しかし別れ際、電車に乗る際に近所に住んでいることがわかり、それを皮切りに趣味以外で、色んなことをお互い聞いた。
駅についたときには「今度はわざわざカフェじゃなくて、近くで話そう」と手を振って別れた。友達みたいだ。
こんなのは、大学前でじゃあここで、駅で寄りたいところあるからここで、とすぐにそそくさ別れて帰る生活をし始めて以来だ。
近くの公民館では安く部屋が借りられるらしく、あの子と向き合うように机を移動させる。
「小学校の班みたい」と君が言っていた。
確かにそうだ。でもあの頃みたいに言われてやったわけでもない。もう大人だから、自分から動かなきゃ誰とも向かい合わせで食事したり、何かを作ったりすることはないのだ。
あの時勇気を出してよかった。そう思いながら私は、隙間を綺麗に埋めるように机を押し出した。
【向かい合わせ】
「お前はどうしたいんだよ」
それがわからなきゃ何もできない。私の手を無理やり掴んで彼は言った。
まず離してほしいと言った。お前が話したらな、と彼は言う。とにかく手を離してくれなければ、まともな言葉も浮かんでこない。そもそも求めていることなんてもうないが。
「お前が許さないというならそれでいい。ただ謝らせてほしい」
本当に後悔しているし、反省もしている。同じ過ちは二度としないと誓う。近づくなと言うならもう姿をみせないようにする。して欲しいことがあれば聞く。だから、
「ならそれでいいじゃないか」
彼の話を遮って言葉を返す。
「後悔も反省もできたんだろう。ならそのまま過ごしていけばいい」
「しかし、」
「して欲しいことなら、今、手を離すこと。反省したというなら、今後出会う人に同じことはしないでしょう」
何も言わなくなった彼の手が緩む前に無理やり手を抜きとって、再び背を向けて歩き出す。
事が形式上収束したようにみえたあと、わざわざ目の前にきて改めて話そうとしてくるなんて彼はましなのかもしれない。先に言った私の“お願い”も、“許し”と受け取って、自分のなかで終わったことにはしない人なのかもしれない。それでも。
謝られたら私が困るのだ。許さないとて一生引きずられては私も引き摺るだけ。許したとて忘れてもらっては腑に落ちぬ。
この世は地獄ではなく、罰を受けて禊を払い、犯した全てを清算させることはできない。そして私は彼の地獄に判決を下し、次の生を歩む手伝いはしたくない。
この思いを晴らすための望みを強いて述べるなら、時間を戻して全てなかったことにする。いっそ私たちが出会わなかった過去にする。実現不可能な話。
彼が抱える思いは、その後悔と反省やらは、案外すぐ消えるかもしれない。似たようなことをまた犯すかもしれない。何も信じられなくて先が見えない。
私の不透明な思いは薄くなるとは思えないが、この先の人生で湧く思いと一緒に濁らせたまま抱えていくしかない。浄化する方法はない。
これ以上、綺麗にすることは出来ない、何をしても余計なことでしかない、どうにもならない話なのだ。
【やるせない気持ち】
海にくれば何かすっきりするとでも思ったか。
海が近いところに住んでいると、当たり前っちゃ当たり前だが、海に夢が無くなる。
砂は木屑や硝子、プラゴミに欠けた貝殻だらげで裸足で歩くとあまり心地よくは無い。色も大して変わらない公園の砂の方がまだ綺麗だ。
海も空が真っ青なら多少は綺麗に見えるだろうが、大体灰色にみえる。足をつけると潮のせいか痒くなるし、海で足をすすいでもスッキリせずぺったりと汚れた足を玄関のホースですすぐまで我慢することになる。
潮風は心地よく吹いてのんびりとカモメが飛ぶ空の下でで昼食なんて私にはフィクションで、強風や飯を狙うとんびに警戒して、昼食の入った紙袋を持つときはしっかり抱えてさっさと屋内に入るのが常だ。
この島でデートに来たカップルは別れるジンクス?この島の女神が嫉妬して別れさせるという迷信だな。
この島がデートに向いていない、カップルがこの島で楽しませてもらおうという気しかないからじゃないか?駅からこの島まで遠い。手段は歩きしかないし、島の中も急な階段や獣道ばかりで自転車を使う隙もない。飯が美味い店はあれど、立ち食い前提、「映える」スイーツは他でも食べられそうな風貌のくせにこの島の名前を付けてやけに高い。潮風で髪はぐちゃぐちゃだ。
のどかな雰囲気につられた観光客が地元民よりいて、二人きりになれそうな場所は有料だ。そこそこするぞ。
まあ要するに、遊園地と同様、楽しむやる気がないとイライラしやすいところなんだ。女神様のせいにするな。
今晩は天気が荒れるな。海が近いと、台風で学校が、仕事がどころの話じゃないんだ。島が閉鎖か云々、今日を乗り切れるかの話だ。
わかったらこんなところで耽っていないで、電車が出てるうちに帰りな。事情も聞かず、知らない子を泊めてくれる爺さんやお姉さんはいないぞ。そんなのに会ったら大体不味いぞ。それはコンクリートジャングルでも同じだろう?
あーあ、私もあんたが言う海のような場所が欲しいよ。
【海へ】
好きの裏返しなんて言われてもさ、わかんないのよ。
お前の言葉の裏をわざわざ読もうとするほど、仲良くもなってないんだから。
ただ傷ついて、お前のことは何とも思わない人から嫌いな人になりました。
何とも思ってなかったから、ちょっと優しくするだけで好きになったかもしれないのにね。
次の子にはそうしな。
【裏返し】
大人になっても、鳥になってみたいと思っている。
幼いときにみた、鳥のように羽を大きくはためかせ、高い空をまっすぐに勢いよくすすむ夢を覚えている。
しかし今は、鳥になれたら空を飛びたいというより、鳥になれたら高いところで落ちることに怯えることなく人の頭を見下ろしたりしたいと思い浮かんで、自分は鳥にならない方が良い気がした。
【鳥のように】